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どんなに生活が苦しくても、何があろうとも、決して息子の手は離さない。そう固く誓った。
だから辛くても頑張れるのかも知れない。
「ごちゅうもんは?」
「じゃあ、コーヒーお願いします」
「はぁ~~い」
一太が天使の笑顔でカウンターに戻っていった。中澤さんが席に腰を下ろすと、次のお客さんが入ってきた。
【いらっ・・・】
顔を見た瞬間、体が固まってしまった。
【あ、あの・・・そ、その・・・】
どう口を開けていいか分からなくてモジモジしていると、くすくすと苦笑いされた。
「本当、君は可愛いね」
人の良さそうな柔らかな目元がゆっくりと綻ぶ。彼ーー颯人さんは、茨木さんの奥さんの連れ子。
つい先日、彼にプロポーズされた。
『結婚しよう。一太と三人で暮らさないか?』
って、ここで、茨木さんやお客さんの前でいきなり言われて。
両性具有だということは包み隠さず茨木さんや、颯人さんに話してある。
兄に無理矢理抱かれたあの日以降、僕はショックからか声を失った。
神様が禁忌を犯した僕に与えた罰だとしたら。まだ一度も恋をしたことがないけど、一生誰も好きにならない・・・好きになってはいけない。
だから、颯人さんごめんなさい。
こぶつきの僕を想ってくれる気持ちは嬉しいけど。
「颯人、あまり未知ちゃんを困らせるなよ」
茨木さんが助け船を出してくれた。
「言われなくても分かるよ。そういえば未知、明後日休みだろ?一太と3人で出掛けないか?」
颯人さんが何のお仕事をしているか茨木さんでさえよく分からないみたい。以前貰った名刺には、地元でも名の知れたハウスメーカーの社名が書いてあった。彼は僕より一回り年上。
「決まり・・・でいいよね?」
答えないでいたら、熱っぽい眼差しを真っ直ぐに向けられてしまい、断れない状況に追い込まれた。
仕方なくこくりと小さく頷くと、彼の顔がたちまち綻んだ。
「いやぁ~~二人ともアツアツで羨ましい」
中澤さんには冷やかされたけど、茨木さんは終始下を向いて、颯人さんと一切目を合わせる事なく、黙々と洗い物をしていた。
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