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夕方まで働いて、右腕で一太を抱っこし、左手に茨木さん特製のお弁当が入ったマイバックを下げて自宅のある市営住宅へと帰るのが日常の光景。
築間もない新棟を横目に奥に進むと、高度経済成長期に建築され老朽化が著しい古びた市営住宅が見えてきた。そこの一階の右端の部屋が僕と一太の小さなお城。
茨木さんに身元保証人になって貰い、何度も役所に通いようやく入居を認めてもらった。未成年で未婚の母になった僕に向けられる世間の目は冷たい。トランスジェンダーに対しての認知度はまだまだ低い。こんなにも風当たりが強いとは思ってもみなかった。
でも一太のためなら、どんだけ好奇の目に晒されても我慢出来る。辛抱出来るから不思議だ。
ようやく玄関に辿り着くと、見知らぬ大柄の男性が丸くなって寝ていた。
「まま、だ~れ?」
一太が不思議そうに男性の顔を覗き込んだ。
精悍な少し強面の顔立ちと、男らしい凛々しい眉が印象的な男性。年は颯人さんくらいかな。
恐る恐る男性の肩に手を伸ばした。がくがくと指先が震える。お兄ちゃんとは別の人なのに、何でだろう。怖い。鼓動が速くなって、手だけでなく足までがたがたと震えだした。
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