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「まま、だいじょうぶ?」
一太が心配そうに顔を覗き込んできた。
【うん、ごめんね】
息子に心配を掛けさせまいと精一杯の笑顔で答えた。
「おじちゃん、だいじょうぶ?」
一太が僕の代わりに声を掛けてくれて。
勇気を出して、肩に手を置いた。がっしりとした筋肉は無駄がないくらい引き絞まっていた。
「まま、どちたの!?」
一太に声を掛けられ、ハッと我に返った。
恐いはずのおとなの男のひとに、なんでこうも惹かれるんだろう。自分でも不思議だった。ごめんね、首を一回横に振って、男性の肩を強めに揺すった。何度か繰り返すうち大きな体が少しだけ動いた。
「うっ・・・ん・・・わりぃ、橘・・・」
寝言を口にしながら、固く閉じた瞼が僅かに開いた。
「・・・な・・・な・・・」
形の整った肉厚な唇から零れ落ちる二文字。一瞬だけ目が合って。お酒の匂いをぷんぷん匂わせながら、男性が長い腕を伸ばし首にしがみついてきた。
【僕、゛なな ゛さんじゃないから?】
こういうとき喋れたらどんなにいいか。酔っ払い相手に身ぶり手振り説明しても伝わる訳がないもの。
悩みに悩んだ末、男性を一旦家の中に入れることにした。でも、僕の力では、一ミリたりとも動かすことは出来なかった。
どうしていいものか、困り果てていると男性の胸ポケットがブルブルと震えだした。最初はすぐに止んだけど、それが2度、3度続き、振動する時間も長くなっていった。男性を起こさないようにそぉっと恐る恐る手を伸ばし、胸ポケットからスマートフォンを取りだした。画面に目を落とすと、゛橘゛という人物からの着信履歴が何十件と残っていた。
電話を掛けられない代わりにショートメールを打った。
『こんばんわ、この携帯の持ち主の男性はうちの玄関の前で酔い潰れて寝ています』
送信して数秒と掛からず返信が届いた。
『すぐに迎えに行きます。そちらの住所を教えて頂けますか?』
言われた通り住所を打ちながら、一太と毛布を取りに一旦うちの中に入った。
「まま、いちたおるすばんしてる」
お腹が空いているはずなのに一太は駄々を捏ねることなくお利口さんにしていた。
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