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橘という名前の人から何回もメールが届いて。
男性の名前が卯月さんということと、何とか金融という名前の会社を共同で経営しているということを教えてもらった。
『ほったらかしにしておいて構いませんよ。少しはお灸を据える方が彼の為ですから』
『でも・・・』
文章を考えているうちに、次のメールが届いた。
『心配無用です。馬鹿は風邪をひきませんから』
橘さんは男性にとても手厳しかった。
『甘やかせたら付け上がるだけですから』
【友人というより、保護者みたい】
送られてきた文章を見て、思わず吹き出しそうになった。そのくらいおかしくて仕方がなかった。
【いいなぁ、こんな風に心配してもらって。僕なんか、茨木さん以外誰にも心配されない。実の親にさえ見捨てられたし】
羨ましいなぁ、内心そう思いながら、男性の体に毛布をそっと掛けた。橘さんが到着するまでスマホを握り締め男性の側に寄り添った。
10分後ーー
市営住宅前の砂利道を颯爽と歩いてこっちに向かってくる人影が見えた。
薄暗い外灯の下を素通りし、似たような建物が建ち並び、迷路みたいに入り組んでいるのに、その人物は迷うことなくうちの前に辿り着いた。
「初めまして、橘と申します」
名前を名乗りながらすっと現れたスーツ姿の男性は、どちらかといえばやせ形で、背が高くスタイル抜群だった。
彫りが深く端正な顔立ちで、同じ男とは思えないくらい格好いい、大人の人だった。
「名前を伺っても宜しいですか?」
男性に聞かれ慌ててポケットの中を探った。
「ままね、おはなし、できないの」
ガタっと玄関のドアが少しだけ開いて、一太が顔だけ出した。
「そうですか、それは失礼しました」
さぞかし驚くだろうなと思ったけど、男性はそれほど驚いてはいないようだった。顔に出ないだけかも知れないけど。
「ご面倒をお掛けしました。卯月、狸寝入りしていないでさっさとうちに帰りますよ。全く貴方という人は」
狸寝入り?
今、確かそう・・・
聞き間違いかと思ったけど、下を向くと、男性と目が合った。獰猛な眼差しで射ぬくように見詰め返され、背筋が一瞬で凍り付いた。
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