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 二二二二年――初夏を迎えた帝都、東京。  懐古(かいこ)的な街並みに、活気だった人々の声が蝉時雨のように響き渡っていた。  暑気と湿気が混ざり合った夜風は生温く、通りを行き交う人々の素肌には薄い麻織の着物が汗によりぴったりと張り付いている。一刻も早く涼しげな場所で汗を拭いたいと、人々は狭い通りを右往左往よそ見をしながら歩く。  確か今宵は満月だったはずだが、その白い姿はどこにもない。瞬いているはずの星々すら姿を消し、黒の絵の具をべったり塗りたくったような色味も変化も見られない同調な空が続いている。 格子窓が付いた萌黄(もえぎ)色の木造建築が連なる最南に、一際目立つ、他とは別格の風貌をした(そび)える城のような建物があった。獣面紋が施された瓦葺きの長い(ひさし)に大きな木窓。最下層からは橙色の灯りが零れ、窓越しに(たすき)をかけた忙しそうな女性の姿が見える。  最上階。一際大きな木窓に、薄紫に白椿が描かれた襦袢を(まと)い、金で縁取られた煙管(きせる)を持った少女が、気怠そうに空を見上げていた。     
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