街角は恋をする

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 これから帰路につくものも多いが、俺にとってはまだまだ時間はこれからだ。平日の夜でも深夜まで飲んだくれることもある。  しかし場所を移動して、馴染みの通りを今日はどこへ行こうか思案しながら歩いていると、言い争うような声が聞こえた。酔っ払いの多い飲み屋街で人の争う声が聞こえるのが珍しいことではないが、耳を澄ませてみればふいに大きな音が響く。  物をなぎ倒したような音が立て続けに聞こえ、そのあとに罵声まで聞こえてくる。それに誘われるままに視線を流すと、通り過ぎた路地から人が飛び出してきた。その人はろくに前を見ていないのか、鞄を両腕で抱きしめながらこちらへ突進してくる。  そして肩に思いきりよくぶつかった。そこでようやく俺が立っていることに気づいたのか、その人は顔を跳ね上げる。 「す、すみません」 「いや、大丈夫か?」  ひどく青ざめたその顔は俺を見上げて唇を震わせた。怯えるような瞳に思わず声をかけたが、また後ろから声が響いて意識が離れる。するとぶつかってきた人物は肩をびくつかせてまた走り出した。 「待ちやがれこの野郎!」  呆気にとられて後ろ姿を見送ると同時か、路地から男が飛び出してくる。乱れたシャツに、ズボンを緩めたその格好と、赤く腫れた頬。それを見れば先ほどの怯え具合でなにが起きたのかはすぐにわかった。 「……警察でも呼ぶか?」  男に目を細めれば、ぐっと言葉を飲み込んで苦々しい顔をする。その顔に肩をすくめると、俺は先ほど走り去った後ろ姿を追いかけた。  勢いよく走り去っていったので探すのが難しいかと思ったが、百メートルも進まないうちに道の端でうずくまっているのを見つける。 「大丈夫か?」  暗がりでうずくまる肩を掴むと、それは大げさなほど大きく跳ね上がった。しかし振り向いた顔が俺を認めると、少しホッとしたように息をつく。 「すみません、大丈夫です」 「あまり大丈夫そうには見えないが」  まだ震えている肩とぎこちない笑みに苦笑いが浮かぶ。いまにも手折れてしまいそうな儚さがあるのに随分と気丈だ。
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