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「結局買ってもらってしまって、すみません」
「別に、俺が買ってやりたくて買ってる」
「あの、荷物、自分で持ちます」
「あんたは黙って俺の隣を歩いていればいい」
「なんだか悪女になった気分です」
「……っ、どこが」
人に荷物を持たせるくらいで、悪女になっていたら世の中は悪女だらけだ。そこら中に、男に荷物持ちをさせている女はいる。あまりにも謙虚すぎて、笑えてきた。しかしさすがに笑いすぎたのか、こちらを見上げる顔が困ったように眉を寄せる。
「九竜さん、笑い過ぎですよ」
「あんたは面白くていいな」
「そんなこと言われたの初めてです。……あ」
「どうした?」
ふいに立ち止まった竜也に視線を落とせば、少し先を見つめていた。そこにあるのは、カントリー調の小さな間口の店。店の前には数人並んでいる。女性客しか見えないところを見るとカフェ、おそらくスイーツ系だろう。
「えっと、あの、甘いものはお好きですか?」
「コーヒーだけでいいのなら並んでもいい」
「ほ、ほんとですか! このお店いつもすごく混んでて、こんなに並んでる人が少ないの珍しいんです。まだ一度も入ったことがなくて」
「いいよ、行くか?」
「はいっ!」
瞳を輝かせた竜也は、ウキウキとスキップでもしそうな勢いで、道路の向かいへ渡っていく。列に近づくと、並んでいる女たちは、そわそわとした様子で彼を振り返った。正直なところいまいる全員を並べても、男の竜也のほうがよっぽど綺麗で可愛い顔をしていると思う。
そんなことを考えながらゆっくりと近づいていけば、余計に視線を集めたが、隣でメニューを見ながらご機嫌な調子で、竜也があれこれと話しかけてくるので気にならなかった。
前に並んでいたのは四組ほどだったけれど、タイミングが良かったのか、並んでいたのは大体二十分かかったかどうかくらいだ。
「まだ悩んでるのか?」
「どれもおいしそうですごく悩ましくて」
「いま食べたいものを選べばいいだろう。またいつでも来られる」
「んー、食事系のパンケーキも捨てがたいんですけど。やっぱりここはデザート系がいいですよね。この苺とベリーにします。すみません!」
ふいに竜也が手を上げて後ろを向くと、間を置かず店員と視線が合う。それはいままで、俺たちが注視されていたということだ。自分たちを除けば客はすべて女なので、外で並んでいた時同様にそちらからの視線も集まっている。
しかしそれに竜也はまったく気づいていないようだった。自分はちっともモテないんですよ、なんてあっけらかんと、笑って言っていたのを思い出す。この男は女から向けられる視線に疎いのだ。
どれだけ視線を感じても、気のせいだとスルーしてしまえる、おかしな特技がある。いままで男相手からは実害があったようだが、女になにかされた経験はない。なので警戒心が薄い、薄すぎるくらいだ。
ここまでぼんやりとした天然系だと、やっかみであれこれ言ってくる女はいないだろうと思うが、まったくいないとも限らないだろう。四六時中、傍にいることはできないのだから、男だろうが女だろうが、少しだけ周りに注意を払ってもらいたい。
「んーっ、おいしいっ! ふかふか、生クリームもすごいミルク感があって苺も甘い!」
「俺は見てるだけで胸焼けしそうだ」
「ここはすごく素材にこだわってるらしいんですよ。だからオープンから結構経ってるのにいつも大人気で」
「来られて良かったな」
「はいっ、ありがとうございます。もう永遠に食べられそう。ほらっ、これ、ベリーソースと食べるとおいしいんですよ! ……あっ」
よほど気分が上がっていたのか、そのテンションのままに、クリームとソースたっぷりのパンケーキを差し向けられた。しかしそれにすぐさま気づいた竜也は、はっとして動きを止める。じっとその様子を見つめていれば、じわじわと顔が赤く染まり始めて、慌てたように手を引こうとした。
「ごめんなさ、い……えっ?」
引き戻されそうになった手を、掴んで引き寄せる。それにビクリと肩が跳ねるが、そのまま口元まで引き寄せた。口に含んだそれは想像通りに甘くて、舌と口の中に甘さが広がる。
急に大人しくなった、竜也の反応を見るためにちらりと視線を持ち上げると、白い肌が首筋まで真っ赤に染まっていた。
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