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その後の竜也と言えば、終始俯きがちに黙々とパンケーキに向かっていた。頬や耳も真っ赤に染めたままで。
そんなウブな反応が面白くて、のんびりとコーヒーを飲みながら、ずっと眺めていた。けれどそうしているうち視線に、耐えきれなくなったのか「見ないでください」とキレ気味に怒られる。とは言え、視線を向ける先は竜也以外にはないので、その言葉を無視した。
「もうっ、ドキドキして、味がわからなくなっちゃう」
「可愛いな」
「やめてくださいっ」
しまいにフォークをくわえて完全に下を向いてしまい、少しばかり可哀想になったので、仕方なく視線を窓の向こうへと投げた。店の外ではここに入る前の人の数とは裏腹に、かなり長蛇になっている。
わりとどこへ出掛けてもそうなのだが、竜也といるとなにかを待つという場面が少ない。タイミングなのだろうが、運がいいとも言える。それに対し彼は大喜びするので、常日頃というわけではなさそうだ。
かといってこちらがそうなのかと言えば、否と言える。そこまで気に留めるような、運の良さは持ち合わせていない。偶然と言えばそれまで。しかしなにか特別だと思えばそれも楽しいと思える。
「満喫できたか?」
「……はい」
しばし時間を置いて視線を戻せば、ナイフとフォークを置くところだった。綺麗に食べ終わった皿は、性格が表れているような食べ終わり方だ。ソースやクリームが飛び散ることもなく、文字通り綺麗さっぱり。
それから最後に注いだ、紅茶を飲み終わるのを待って席を立った。時間を確認すれば、もう少しで十九時になろうかというところだ。さてこの先はと考えるが、いま食べ終わったのでこれから食事というのは厳しい。
「どこか行きたい場所はあるか?」
「そう、ですね」
「日も暮れる頃合いだ。夜景の見えるバーにでも行くか?」
「……あっ、それなら、九竜さんがよく行くお店とか、行きたいです!」
「俺の?」
「はいっ! ……駄目、ですか?」
見上げてくる目はキラキラとしていて、おねだりの時に見せる期待が含まれている。こちらがNOと言うことを想像していない、ある意味信頼している瞳だ。けれどいくら可愛げのある表情でも、そのおねだりはいささか頷きにくい。
普段俺が行く店など、ろくな連中が集まっていない。それを考えるとはっきり行って連れて行きたくない、としか言えないが、断ったらおそらくあからさまに気を落とすだろう。
パチパチと瞳を瞬かせながら見上げてくる視線に、いくつか候補を挙げて考える。客層が落ち着いていて、わりと敷居の高めの店なら、おかしなやつらの目に触れさせることもないだろう。
「わかった」
「わぁっ! ありがとうございます! 嬉しいです」
「浮かれて羽目だけは外さないでくれよ」
「き、気をつけます!」
飛び上がらんばかりの喜びように、真っ先に釘を刺す。決して酒癖が悪いわけではないが、少々気にかかる部分がある。それがただの杞憂で終わることを願いながら、近づいたタクシーへ手を上げた。
この場所からならば車で三十分程度だろう。隣でふわふわと笑っている顔に苦笑しながら、店のほうへ連絡を入れた。時間が早いので、人はほとんどいないという返答だったが、休日なので時間が遅くなれば、混むのは間違いないと言われる。
「どんなお店ですか?」
「ごく普通のジャズバーだ」
「……ごく、普通?」
「揚げ足を取るような聞き方をするな」
「普通じゃないお店にも、出入りしてるんですね」
「それはヤキモチか? いまはまったく行っていないぞ」
身体を傾けて、のぞき込むように見上げてくる、子供みたいなその仕草は可愛いが、視線が余計なところに色々と刺さる。過去の行いを消去することはできないのだから、うろたえても仕方がないのだが、純粋無垢、のような目で見られると居心地が悪い。
「九竜さんだったらどこへ行ってもモテモテですよね」
「それは否定して欲しいのか?」
「……本当なのも妬けちゃいますけど、否定されたら嘘っぽくて嫌です」
「それは複雑な意見だな」
「はい、とっても複雑です。……でもいまこうして隣にいてくれるのは奇跡みたいなことだって思っているので、いまの九竜さんを信じています」
そんなにまっすぐな目で、いじらしいことを言われたら、この先も離してやれそうもない。その細い身体、細い指先、髪の毛の一筋、余すところなく絡め取って飲み込んで、腹の内に収めてしまいたいような気分になる。
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