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一瞬見た時は女だろうかと思ったが、返事をした声はそれほど低くはないが確かに男のもの。しかし目の前にある顔は、そこいらの女では到底敵わないだろう美しさがあった。
こちらを見上げる茶色い瞳は長まつげに縁取られ、震える唇はぽってりと肉厚で色気が滲む。肌は白磁のように滑らかな白さがあり、それと相まって整った顔はまるでビスクドールのようだ。
けれど涙を浮かべる潤んだ瞳が作り物ではないのだと教える。
「車に乗れる場所まで送ろう」
「え? あの」
「その格好じゃ目立つだろ」
細い肩に着ていたジャケットを掛けてやると、瞳を瞬かせて戸惑った表情を浮かべた。けれど両腕に抱き込んだ鞄の向こうに見える肌はあまりにも艶っぽい。またよからぬ気を起こすやつが現れては災難だ。
しかし見た感じボタンを引きちぎられたようだし、鞄以外で隠す物もない。ジャケットも気休めにしかならないが、ないよりマシだろう。
「立てるか?」
「あ、す、すみません。ちょっと腰が抜けて」
問いかけに頬を朱に染めた表情までいちいち色っぽくて、思わず息をついてしまう。こちらのほうがよからぬ気を起こしてしまいそうだ。しかしため息を呆れと捉えたのか、目を伏せて恥ずかしげな顔をする。
「手を貸すから」
「ありがとうございます」
差し伸べた手におずおずと白い手が重ねられた。細くて綺麗な指だ。それを優しく握りしめると、抱き寄せるように身体を引き上げる。されるがままに腕の中に収まった身体は、見た目ほど華奢ではないが簡単に抱き込めてしまうほど細かった。
「もう少し、警戒したほうがいいんじゃないか?」
「え、あっ! すみません」
「俺は役得だが、また怖い目に遭うかもしれないぞ」
わざと力を込めて腰を抱き寄せる。けれど小さく肩を跳ね上げただけでそれ以上の反応も抵抗も示さない。俯いた顔をのぞき見れば、耳まで赤く染めながらぎゅっと目を閉じている。
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