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その横顔にそっと手のひらで触れると、また肩が微かに震えた。しかし指先に力を込めて上向かせても、逆らうことなく顔を上げる。
「そういうこと、したくてここに来たのか? で、相手を間違ったわけだ」
「そ、そういうわけじゃ」
「だけどこんな状況、男なら勘違いする。あんたみたいな美人ならなおさらだ」
「……ただ、確かめたくて」
小さな声が掠れたようにか細くなった。じわりと浮かんだ涙が瞳いっぱいに溜まる。正直言えばそれはそそられる表情だが、引き結んだ唇が震えていて悪戯をする気にならない。なだめるように頭を撫でてやれば、ほろりと涙が頬を伝った。
「確かめたい? なにを?」
「それは、その、自分が本当はゲイなのかどうか」
「……それを、確かめる?」
思いがけない言葉に少し言葉が詰まってしまう。けれどこちらを見る目は真剣そのもので、涙を浮かべているほどだ。本人にとっては重要なことなのかもしれない。
「いままで気づくようなことはなかったのか?」
「これまではずっと女性とお付き合いしてきて、結婚もしていたんですが」
「していた、ってことは別れたのか」
「はい。……愛情はあるのかもしれないけれど、心から愛してくれていないと言われました。私も彼女を大切にしてはいたんですが、どうしても、女性が抱けなくて。EDとか病気も疑ったりもしたんですが。解決が出来なくて」
それで離縁を突きつけられて別れたというわけか。しかし本当に性癖がそうであるなら、少なからず違和感を覚えたりするものだが。ずっと女にしか興味を持ってこなかったと言うのも不思議な話だ。
「あの、昔から、見た目のせいで、男性におかしな目で見られることが多くて、それで少し男性が怖くて」
「ああ、そういうことか」
納得のいかない俺の顔色を察して、彼は言いにくそうに言葉を連ねた。要するにいままでは女しか選択肢がなかったんだ。だからそれが正しいのだと思い込んでしまった。おそらくそういうことなのだろう。
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