Maple

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 紅葉のことが嫌いになったというわけではない。僕は今でも紅葉のことを心の底から愛している。できることならば、結婚したばかりの頃のような二人に戻りたいと思う。だけど、何をどうすればそうなれるのか、僕には全くわからない。  今はまだ、平日の昼間に僕が勤めに出ているから、何とか二人きりの生活が保てている。だけど、あと二年もすれば僕は定年退職を迎える。そうなれば、僕と紅葉は日がな二人きりで生活することになる。そうなったとき、いまと同じような状態で果たして耐えることができるのか、僕は不安でならない。  ときどき、“熟年離婚”という言葉が頭を(よぎ)る。もちろん、僕は紅葉と離婚する気など少しもないが、彼女がどのように考えているのかなど、僕にはわからない。もしかすると、退職金を貰った途端、離婚を切り出されてしまうかもしれない。紅葉を信じようと、何度もその考えを打ち消すが、ふとした瞬間にその考えは首を(もた)げて遅いかかり、僕を不安にする。  我が家のリビングから見える小さな庭には、一本の楓の木が植えてある。僕と紅葉の結婚祝いに、市から贈られた記念樹だ。記念樹は数種類の中から選ぶことができた。記念樹を選びに行った日のことを、僕は今でもはっきりと覚えている。     
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