Mapleー愛しの君へー

Maple

　僕と紅葉(もみじ)が結婚したのは、三十年前のことだ。決して美男美女のカップルというわけではなかったし、その頃は収入も多かったわけではないが、お互いを想う気持ちは誰にも負けていなかったと思う。僕は紅葉のことを心の底から愛していたし、紅葉も僕のことを世界中で一番愛してくれた。だから、僕たちの結婚生活は、決して裕福ではなかったが、誰よりも幸せだった。
　三十年の間に、僕たちは男女一人ずつ、二人の子供に恵まれた。そんな子どもたちも大学を卒業して独立し、三年前から久々に二人だけの生活をしている。だけど、僕はそんな生活に戸惑っている。いや、僕だけでなく、紅葉もまた同じように戸惑っているようだ。二人きりでどんな話をすればいいのかもわからないし、何をすればいいのかもわからない。二人きりでいながら、殆ど会話をかわさない日も少なくはない。三十年という時間が、子供ができたという環境の変化が、ありとあらゆる世の中の変化が、僕と紅葉の距離感を変えてしまった。