Maple

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 婚姻届を提出して一ヶ月ほど経ったある日、市役所から記念樹の案内葉書が届いた。記念樹はオリーブなど八種類の中から選べるようになっている。僕たちはその葉書を(たずさ)えて、市役所の記念樹引き渡し場所に行った。周りには、僕たち以外にも新婚ホヤホヤのカップルが集まっている。どのカップルも、記念樹をどれにするかと迷っている。だけど、僕たちはもうどれにするか決めていた。  僕が受付で葉書を差し出すと、市役所の職員が、 「どれにしますか?」  と型どおりな質問を投げかけてくる。 「イロハモミジをお願いします」  僕と紅葉は声を揃えて答えた。それから僕たちは互いの顔を見て、微笑み合う。 「それではこれを」  市役所の職員がイロハモミジの苗木を出してくれる。僕はそれを受け取ると、落とさないように両手で持った。  帰り道、車の中で紅葉が言う。 「モミジを選んでくれてありがとう」 「そのモミジっていうのは君のこと? それとも後ろに置いてる苗木のこと?」  そう問いかけると、紅葉は恥ずかしそうに俯いて、 「どっちもよ」  と答えた。  僕は温かいお茶を飲みながら、庭の紅葉を眺める。紅葉はすっかり紅葉して、深い赤色に覆われている。もう少しすると、冷たい風が吹き荒れる冬がやってくる。僕の心にも冷たい風が吹かなければよいのだが。     
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