Maple

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 紅葉はソファに座って、テレビを見ながら、ときどき笑い声を上げている。だけど、僕の方を向くこともないし、話しかけてくることもない。何か話しかけてみようと思うのだが、なかなかタイミングが掴めないし、どんなことを言えばいいのかもわからない。それでも何とかタイミングをはかりながら、テレビがコマーシャルになったのを見て、声をかけてみる。 「たまには一緒に散歩にでも行ってみないか」 「寒いからイヤよ」  紅葉は僕の方を向くこともなく、そして躊躇うこともなく、僕の申し出を拒絶した。こうなってくると、いよいよ“熟年離婚”が現実化しそうな気がして、落ち着かなくなってしまう。  紅葉とろくに会話もしないまま、今日も気づけば午後五時を過ぎている。黙っていても紅葉は夕飯の準備をしてくれるだろう。だけど、黙ったまま二人で食べる夕飯は、いつも息が詰まりそうになる。少しでも気分を紛らわせようと、僕は一人で散歩に出かけることにした。 「ちょっと散歩に行ってくる」  僕は紅葉に向かって言ったが、返事は返ってこなかった。  家を出ると、近くの公園を目指して歩いた。公園で何かしたいことがあるわけではないが、かといって適当な行き先も思い浮かばない。公園であれば、最悪、ベンチに座って時間を潰すこともできる。それに、歩いて十分という距離は、散歩をするにはちょうどいい。僕は公園までの道のりをゆっくりと歩いた。     
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