ローズハウス(中編)

2/7
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
 まず、ミチルが食事代わりにケースから取り出す薬剤がどういう種類のものかが判明した。  いわゆる「メンヘラ」と呼ばれる、精神的に不安定な女の子の必需品だったのである。  元からこんな性格だったのか、薬のせいかは知らないが、この状態では家族と没交渉だったり友だちが一人もいないのも肯けた。  こうなるまでにはミチル自身にはどうすることもできなかった問題があったのは予想がつくし、同情すべき点は多々あると思う。  だが、生半可な気持ちで手を差し伸べれば共倒れだという生々しい手記をネットの2chというところでいくつも読んで、わたしは心を鬼にした。  プライベートエリアをきっぱり分けてしまうと、その後の生活は驚くほど快適になった。  十分でぐちゃぐちゃに散らかるリビングにイラつくことも、ミチルが寝言で泣きながら「やめてょ、やめてょお」と上げる悲鳴も、げえげえ吐く音も聞かないですむのは、精神衛生上にも大変いい。  そこからは、羽布団でぬくぬくと寝坊したり、テラスでスイーツ山盛りのアフタヌーンティーを嗜んだり、長らく忘れていた銀製のアンティークかぎ針棒でのレース編みを再開したり。  わたしの長年の夢だった薔薇色のセカンドライフが始まった。  一方ミチルは、心霊現象にますますのめり込んでいった。  陽が射せば「オーブ!」風が吹けば「霊が通った!」家鳴りでもしようものなら「ラップ音!」、とスマホを構えて撮影に血眼である。  側で見ていると滑稽極まりないが、本人は真剣そのものだし、うっかり何かを言うと文句を言われたと勘違いしてキレるから始末に負えない。  きつい言い方になるが、わたしのように自分にも他人にも厳しい人間は、ミチルのように際限なく対人関係で甘い蜜を貪ろうとするいメンヘラとは友だちになれない。  それが良くわかった日々だった。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!