1人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
「事故物件?」
「そーなのよぅ! よーするに殺人とか自殺とかあった不動産、ってわけぇ」
物騒な話ではないか。
それなのに、ミチルと名乗った女は、嬉しそうに笑っているのである。
「うちは自殺。〈首くくりの家〉って呼ばれててぇ、この近所でもけっこう有名なんだよねー」
「あらそう。でもわたし地元じゃないから。物件に『事故』をつけるセンスが、わたしにはちょっとわからないわね」
「えぇぇー、普通じゃーん? ネットに普通に事故物件専門サイトとかあるしぃ」
最近の若い女の子は話の要点をまとめるのが下手だし、空気も読めない。
舌足らずなのか呂律も回っていない。
そう思ったら眉根に力が入って、眉間を中指で撫でるいつもの癖が出ていた。
最近お肌の回復力が落ちているらしく、そこのしわが消えないのが気になってしょうがないからつい触ってしまうのだ。
ミチルの赤ん坊のようにすべすべの額を睨みながら、昼休みが終わる前に化粧直ししないと、と自分に言い聞かせた。
「うちは出るんだよねぇ、自殺した女の霊」
「大変なのね。じゃあ、そろそろわたし仕事に戻らないと」
興味がないことを愛想のない態度で表して、文字盤を内側にした腕時計を見ながら、わたしはベンチから勢いよく立ち上がった。
とたんに、へたりと座り込んだ。
時刻は午後二時一五分過ぎ。
女の子たちの監督役のわたしが昼休みの時間をうっかり超過するなんて、とこめかみがズキズキするくらい焦ったが、もうそんな心配はいらなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!