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ハンナは軽やかなステップで部屋の中をくるくると回り、舞台女優のようにその身体を両手で抱きしめ、切なげに涙を流す振りをしてみせる。
そんな彼女を見ているとどうも毒気が抜かれてしまうが、ここで反応したら負け。私は椅子に腰かけたまま無言を貫く。
すると彼女は今度こそ残念そうな顔をしたが、すぐさま身を翻してツカツカと歩み寄ってきた。
「お嬢様! 私は――いいえ、使用人一同は、お嬢様の幸せを心から願っております! ファルマス伯爵なら、きっとお嬢様を幸せにしてくださいます!」
「ハンナ……」
彼女の表情は真剣そのもの。きっと心からの言葉なのだろう。それがどれほどありがたいことなのか、私はよく理解している。
けれどやっぱり駄目なのだ。いくら彼女が、そして周りが願ってくれようと、私と彼が一緒になることは許されない。
本音ではその想いに応えてあげたいと思っても、彼と共に生きることができたらどれほど幸せだろうかと思っても……それでも無理なことは無理なのだ。けれど彼女にそんな事情を話すわけにもいかず……。
だから私は、せめて彼女の気持ちだけは受け止めようと、彼女に向かって微笑みかける。
「ありがとう、ハンナ。あなたがそう言ってくれて、私はとても嬉しいわ」
そう、この言葉だけは私の本音。
私はハンナの両手を取り、ゆっくりと瞼を閉じた。そして再び覚悟を決める。
今度こそ上手くやってみせる、と。
決して誰にも気付かれずに、全てを完璧に――彼との縁談を壊してみせる。
「行ってくるわね」
私は微笑んだ。――できるだけ、穏やかに。
今日の私は氷の女王ではない。今夜の私は、誰から見ても完璧な淑女でなければならない。可能な限り穏便に、ウィリアムに恥をかかせることなく縁談を断る……そのために。
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