いつでもそばに

3/15
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
スーパーまでは家から歩いて十分。車の免許は返納したため移動手段は公共交通機関か自分の足。歩くことで今まで知らなかった道や店、へんてこな置物や不思議な動植物などを見つける楽しみをおぼえた。そして掲示板のおかげでその日々の小さな発見を報告できる人に出会えた。 スーパーに入ると迷わず鮮魚コーナーへ。今夜は刺身が良いかな。たまには少し手を加えてマグロのぶつ切りをだし醤油につけて漬け丼でも作ろうか。そうなると味噌汁が欲しくなるな。漬け丼で手間をかけるから味噌汁はお湯を入れるだけのインスタントにしよう。栄養バランスなんて知ったものか。もう七十の後半になれば余生は好きなものを好きなだけ食べて死にたい。マグロのぶつ切りとネギ、五食入りのインスタント味噌汁に食パンと牛乳をカゴに入れレジに並んだ。 この時間は大学生くらいのアルバイトか六十前後のパートタイマーの女性がレジ打ちをしている。迷わずぼくはその女性の方へ並ぶ。彼女はぼくがこのスーパーに通い出す前からいるらしく、週に四日以上レジを打っている。お互い顔見知りではあるが、プライベートな会話はほとんどしない。ただ、彼女はぼくが買ったものについて一言添えてくれる。 「インスタントのお味噌汁、昨日買われたしめじも入れると美味しいですよ」 いつも商品のバーコードを読ませながら小さな声でつぶやく。決してぼくと目は合わせない。でも、素っ気ない対応なのになぜか温かみを感じる。 「ありがとう、やってみるよ」 ぼくはそう言うと彼女からお釣りをもらい袋づめ用の台へ買い物かごを運んだ。 彼女からの一言が楽しみで、このレジに並んでいる。どんなに若いアルバイトのレジが空いていても、こちらへ並ぶ。 「よく、しめじのこと覚えてたな」 心の中で呟いた。 商品を袋に入れ、帰り際自動ドアの前でもう一度レジを見た。そういえば彼女の名札に「桃井」と書かれていたな。くるみ を漢字で書くと桃という字が含まれるな、なんて。余計なことを考えながら店を後にした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!