君の左は僕の場所

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「ん?」 君が小首を傾げて僕へ振り返る。その小動物のような仕草が可愛くて。つい笑みがこぼれる。 「なに?」 「ううん。なんでもない。いいなって思って。」 「なにそれ。」 「いいのっ。」 いつもの空気。いつもの関係。いつもの二人。 彼女の耳が片方聞こえないことを知ったのは、付き合い始めて三ヶ月くらい経った頃だった。 彼女の部屋で何の気なしにかけた言葉に。ごめんね。今なんて言ったの?と申し訳なさそうに聞き返したのだった。二人きりの部屋。別段小さな声でも、大きな音でCDを聞いていたわけでもなかった。彼女の無意識中にただ反対側から声をかけてしまったのだ。 小さい頃おたふく風邪を拗らせて、それ以来片側の耳が全く音を捕らえなくなってしまったのだという。 「普段生活している上で特に不便はないのよ。今までも気づかなかったでしょ。」 「そうだね。知らなかった。」 「なんかこれまで無神経な話し方してたらごめんね。」 「ううん。全然気にしないで。むしろ気にしないでくれた方が嬉しい。」 そう言って彼女はいつもと変わらない笑みを浮かべる。 くくりで言えば障害者になるのだろう彼女は、僕なんかよりよっぽど快活でとても魅力的な子だ。そのことをまるで苦にしていないし、卑下するわけでもない。人としても素晴らしく、くるくる回る表情はとても愛くるしい。音楽も漫画も大好きな普通の女の子だ。ただ彼女の耳はステレオを捉えることはない。全く聞こえない人からしたらとても軽く、でも確かな障害。彼女は外でヘッドホンで音楽を聴かない。 珍しくちょっとだけ心配そうな声で 嫌いになる?と聞く彼女。 「なんで?」 そう聞き返した僕の言葉があまりに素直でストレートでキョトンとしていたせいか。彼女も目を丸くした。 「別に困ってないのでしょ?ならいいじゃん。それにね、さっきの…可愛かった。」 そして笑う。
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