好きな人こそ

7/7
前へ
/7ページ
次へ
自分が汚くなったと感じるせいだろうか。 あの頃の自分が、妙に眩しい。 無性に戻りたい。 でももう、私が戻る場所なんてない。 「いつの間にこんなところまで来たんだろうね。」 「あー。なんかわかる。高校卒業してから、一日がほんと秒。」 「ね。高校くらいまでは、1年なんてすっごい長かったのに。」 「卒業してから、気がついたら3年経ってたよね。入学したのなんてこの前じゃん。」 まるで歳とったようなことを言うもんだ。 私たちの歳でオバサンだなんて感じたら、周りの大人から怒られる。 「あーあー。あの時流されて付き合わなきゃ良かったなー。」 「またその話か。」 「そしたら今悩んでないかもしれない。」 「かもしれない論は辞めなって言ってるでしょ。どうせ願ったって過去には戻れないんだよ。」 「瑞香辛辣。でも事実だなー。」 「事実だよ。考えて過去に戻れるならいくらでも悩めばいいけど、そうじゃないのに考えるのはただの時間の無駄。そんな暇あったら履歴書かいとけ。」 「あー。あと20通。書かなきゃ。」 「私あと50。」 「やば。そっちこそ早くやりなよ。」 お互いを少し罵りながら、モンブランにフォークを入れる。 クリの風味のクリームとあんまり甘くないクリーム、そしてふんわりしたスポンジが、口に広がる。最高。 「先輩に好きって言えてたら良かった。」 「あんたあの時言えたの?」 「言えませんでした。」 「ならそれが雛の精一杯だったんでしょ。いい加減振り返るのはやめなさい。」 「でも絶対いい男だったと思わない? 」 「あのねー。そういうのはね。思い出だから綺麗なの。自分の好きに妄想してるから、そっちの方が良く見えるだけ。付き合ってたら、絶対それはそれで愚痴言ってるよ。」 確かに。 瑞香は相変わらず辛辣気味だけど、正論だ。 こういうところは、何年経っても嫌いじゃない。 「本当に好きな相手こそ、近づかない方がいいのかもね。」 私はまた、モンブランを口に運ぶ。 アイスティーも飲めば、モンブランの程よい甘さと紅茶の香りが鼻に抜けて、更に最高。 「そーよ。そんなタラレバ相手に妄想するより、現実の幸せを楽しまなきゃ損。」 「現実の幸せって何? 」 「アイスティーとモンブラン。そして私。」 「さすが瑞香。最高。」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加