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「この前のバレンタインだ。拓海にはひとつももらっていないって言ったんだがな、あれは嘘なんだ。実は綾子からもらっていたんだ。しかも本命さ。2月14日の放課後に、下駄箱を開けたら入っていたんだ。テンプレートすぎるだろ。黒い箱さ。その黒い箱を真っ赤なリボンが包んでいた。なんだか俺の記憶のすべてを食って、すべてその黒色に変えてしまいそうな、今思うとそんな死神みたいな不気味な箱だった。驚いちまったぜ。まだ中身を見てなかったから家に帰るまでは誰からのものか分からなかったよ。検討もつかなかったよ。だっておれだぜ。男からはモテるのに、女からは一切モテないって言われ続けてきた俺なんだ。あまり期待はしていなかったさ。でもこう、口では期待していないって言っておきながらな、でもドキドキが止まらなかったんだ。もしかしたら俺がチョコ貰うのはそれが生まれて初めてかもしれなかったんだ。そりゃあ俺でもドキドキするさ。誰のチョコだろう、A子やB子やC子、いろんな同級生の顔が頭に浮かんだよ。
でもな、箱を開けて、そこに入っていた手紙を読むとな、
『ホワイトデーに返事待ってる。竹内綾子』
って、これだけだよ。
簡潔で、あいつらしい手紙だって思ったよ。でな、俺そのチョコ貰ってからずっと悩んでいたんだ。綾子にどう返事をしようかって。本当にずっと、ずっと考えていたんだ。でも、俺優柔不断だからさ、拓海からいろいろアドバイス聞こうかなって、そう思って尋ねてみたんだ。」雅也は普段の明朗さを取り繕っていた。
「お前らしくもない。ホワイトデーにお返しを渡すときにお前の気持ちを伝えるだけだろ。何をそんな迷うことがあるんだ。」
何事にも白黒をつけなければ気が済まない性格であるはずの雅也がこんな臆病なことを言うことを拓海は疑問に思った。ただ綾子のことが好きか嫌いか、その返答をホワイトデーにするか否か、ただそれだけであるはずだ。なにを雅也において、悩むことがあろうか。彼は迅速に決断をする男である。例えば、購買部での昼食決め、わからない問題の選択肢選択、好みの決定。凡人が1分かかるところを3秒で決断する。それだけの勇気が雅也にはある、と拓海は日々の細かい事象から推測して、そう思い込んでいた。
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