第四話 風の前の塵

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 今いる場所は草原。後方に林。車、家など、人工物らしきものは見えない。  そしてトラックは……。 「そうだ! エンジン!」  思わず叫んだ。 「……」  運転席の陽子様が無言のまま僕を横目で見る。 「エンジンかければ、時間もわかるし、ナビで位置もわかる」 「あ、そ、そうか」  陽子様がキーに手を伸ばす。 「待った!」 「な、何?」 「ぼ、僕がやる」 「は?」 「僕がエンジンをかける。また……」  〝また崖から落ちたらたまらない〟と言いかけて口をつぐむ。  そんなことを言えば、陽子様は意地になってハンドルを譲らない。 「何だ? 亀のくせに」 「で、でもね、陽子様? そもそも陽子様が運転する必要ないよね? 総理大臣が自分で車を運転すると思う?」 「あ……」  陽子様の口元が緩んだ。 「ここは総理大臣の補佐役とも言える官房長官が運転すべきでは?」  たぶん官房長官も運転しないと思うけど、ここは気にしない。 「た、確かにそうだな?」  ようやく普段の不遜な笑みを取り戻した陽子様がうなずいた。 「亀の割にはいいこと言うじゃん」 「亀じゃないけどね」  僕は助手席から一度降りて、運転席側に回った。陽子様はそのまま横にずれて助手席に移る。  ようやく命の手綱を取り戻し、ほっとした僕は、クラッチを確認してエンジンをかける。     
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