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満員電車の中
満員電車の中、ガラス越しにどこかの人と目が合った。
ままあることだけれど、それでどうするということもない。すぐに人の動きに自分か相手が飲まれて、姿なんて見えなくなってしまうのが常だ。
なのに、ガラスにその人が移動してくる姿が映る。
身じろぎすらままならない状況なのに、どこをどうすり抜けているのか、見える姿はどんどん近づいてくる。
なんだか嬉しそうなその顔に、背筋に冷たいものが走った。
あの人と接触してはいけない。そう思うけれど、この混雑では逃げることなど叶わない。
来るな。こっちに来るな。
ただそれだけを願う俺の耳に次の駅名が響いた。
程なく列車が止まり、大量の人間が外へと動く。ここは俺が下りる駅ではないが、迷わず一緒に外に出た。
いつも定時ギリギリだから、この列車にもう一度乗り込まなかったから遅刻するかもしれない。だとしても、もうこの電車には戻れない。
上司に叱られてもいいから、会社には次の列車で向かおう。
そう考え、俺は再び満員になった列車を見送った。
それが昨日のことだ。
やはり会社には遅刻し、ネチネチと長く叱られたけれど、俺は後悔はしなかった。
あの何ものかから逃げられた。それだけで充分だ。叱られるくらいどうということはない。
昨日のことを思い返しながら電車に乗り込む。
毎日同じ満員電車。そこで、よせばいいのについ窓を見て、また、昨日のあいつと目が合った。
記憶の焼きついているのと同じ、何とも薄ら寒い嬉しそうな顔。逃げなければと思っても逃げ場ない。そして、今乗り込んだばかりだから次の駅もまだ遠い。
人混みの中、窓ガラスにこちらへ移動してくるその姿か映る。
頼む。早く駅についてくれ。扉よ開いてくれ。頼む…頼む!
満員電車の中…完
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