第二章

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「………しまった、今日だったか」  カエデが額をぴしゃりと手の平で叩き、急ぎベッドから立ち上がる。  2階の部屋だというのに、床の木目から黒い何かが漏れだし始めた。カエデの3歩前の床の隙間から黒い霧のようなものが染み出し、霧はやがて集まると液体のように流動的になる。  そしてついには黒い水溜りが完成する。水溜りは風もないのに表面が揺らぐが、広がることはない。計算されたかのような美しい円を描き、何かを要求するかのようにカエデの行動を待っていた。   カエデは口を堅く閉じると腰を落とし、右足の靴の踵に指を当てる。  踵は小さく横にずれ、そこから1枚の金貨が床に落ちた。 「良かった………まだ残ってた」  カエデは床に落ちた金貨を摘まむと、それを黒い水溜りの上に落とす。  金貨はまるで深い海に落ちるかのように低い音を立てて黒い水の中に沈んでいった。 「今日はこれだけよ」  カエデが小さく呟く。  黒い水溜りはカエデの声に反応したのか、時間を戻すように床の木目に戻っていく。  そして最後に残った僅かな黒い液体は虫が這うように曲線を描き始める。 ―――896。  それは3桁の数字だった。  そしてその数字は、カエデが前に見た時よりも数字が1つ少なくなっていた。  黒い液体はカエデに数字を見せると、霧となって散り、床の隙間に吸い込まれるように消えていった。    部屋の空気が元に戻る。  カエデは大きく息を吸い、そして床に向かって吐き出した。 「どうしよう………持ち合わせが」  思い出したかのようにカエデは自分の体をまさぐり、手持ちのお金を探し始めた。  左足の踵に金貨が1枚。部屋に干されている胸当ての裏側にも金貨が1枚のみ。合計2枚の金貨がカエデの手元にあった。  この現象は初めてではない。カエデは黒い液体が現れる時間が与える金貨の枚数によって変化することを学んでいた。
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