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第二章
カエデは部屋の窓から見える光景を無意識に近い思考で眺めていた。
窓の下ではオークやゴブリンが大通りを行き交い、荷物を運び、何かしらの仕事に従事している。商売こそ行っていないが、まるで自分が魔物の街に飛び込んだかのような錯覚に陥りそうだった。
いや実際に陥っている。
魔王軍に捕らわれ、カエデは朝を迎えていた。
「………兄貴。どうしよう」思わず息が漏れる。
理由は分からないが、魔王軍の司令官であるバステトのシドリーは、カエデの兄、つまりタイサのことに興味をもっているようだった。カエデは2人が剣を合わせたということは知っていたが、シドリーの質問の内容は例の呪いの剣、そしてタイサという人となりに関する質問に絞られ、強さ故の興味ではないように感じさせられた。
とりあえずカエデは自分の兄だとは答えず、あくまでも王国騎士団の元団長タイサとして知られている情報のみ、ありきたりの答え方で済ませている。
カエデは窓から視線をずらして体を回すと、今度は窓を背中にして天井を見つめ始める。
両手を伸ばして見れば鎖はなく、与えられた部屋もベッドにシーツ、水差しとコップまで置かれている。捕虜としては十分すぎる扱いであった。
それが今までの想像として抱いていた魔王軍と現実の差を生み出している。カエデには、一体どこまでが真実で、どこまでは虚構なのかが見えなくなっていた。
何も考えられない。カエデは天井を見つめていると、次第に空気の匂いが変わっていることに気付く。
それは料理のような鼻に入るものではなく、血や肉を土でこねたかのような臭いが皮膚に入ってくるかのような感覚。実際そんな匂いがあるのかと思えるような、言葉には表せない深さ、緊張感と危機感を本能から感じさせるものだった。
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