3/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 弘之君は、沙都子の七歳年下で二十八歳になる弟です。県下一番の進学校を卒業し、横浜市内の国立大学を卒業したまではよかったのですが、学生時代に入ったジャズ研究会がきっかけとなり、ジャズにのめり込んでしまい、大学卒業後も就職せず、横浜市内や川崎市内のジャズクラブに出演していますが、音楽だけで一本立ちという訳にはいかず、アルバイトをしながら生活しているのです。  親が反対したのは当然で、半ば勘当状態です。現住所は分かっているので、沙都子はこまめに手紙を出すのですが、返事が来たためしはありません。インターネットで「清水弘之」を検索すると、横浜市内のジャズクラブがヒットし、ライブスケジュールの中に出演者として、「piano清水弘之」と出ているので、健在であることは分かるのです。  隆行が弘之君と顔を合わせたのは一度だけです。それは隆行と沙都子との結婚披露宴の時でした。弘之君はまだ大学生で、ぶっきらぼうに挨拶されたのを覚えています。そして、余興としてピアノを弾いてくれました。その時の曲は「アメイジング・グレース」のジャズバージョンで、隆行はジャズのことはよく分からないながらも、初めて生演奏で聞くジャズに、素朴に感動しました。  沙都子は少し年の離れた弟を可愛がり、弘之君はいつも沙都子にまとわりついて離れないような、べったりの仲良し姉弟だったのだそうです。それが、弘之君が中学生、高校生と成長するにつれ、だんだんと喋らないようになり、今では勘当状態で音信不通になっているのです。     
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!