プロローグ・舞い降りた日

1/5
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

プロローグ・舞い降りた日

――魔王。  この世界には魔王と呼ばれるものが存在する。  この世界のどこかに封印されていると云われている魔王は、実体がないのだそうだ。  魔王には意思が無く、また生命(いのち)すらない。  魔王の正体は、莫大な力、エネルギーの塊、そう伝えられている。  魔王が復活したのは今から六二五年前。  あまたの犠牲を出して、魔王は復活した。  魔王の復活には、力を持つ者が数人で輪を組み、祝詞を唱え、生贄を授ければ良いとされ、贄が魔王の器に相応しければ、魔王はその者の中に宿る。  しかし、相応しくなければ、魔王に吸収され消える。  魔王に相応しい器は、中々現われるものではない。  故に、六二五年前の魔王復活の折、贄の犠牲となった者は五千とも、一万とも伝えられている。  魔王となった者はその力を使って、世界を滅ぼしたとも、世界を救ったとも云われている。  ――― ――― ――― 「――本気でこんな昔話を信じる気か?」  太陽が西に傾き、その色をオレンジへと変える頃、冷たい瞳をした男は薄闇を受け入れようとする部屋の中にいた。 「まだ疑っておいでなのですか、毛利様」  正面には正座をしながら柔和に笑う、灰色の髪の青年がいた。  中性的な顔つきの青年は、静けさの中で佇むように座っている。 「信じていただけたから、こうしてここにおいでになられたのだと思っていましたが」  毛利と呼ばれた冷たい瞳をした男は、金色の瞳を薄日に鈍く光らせた。 「ないとは言い切れない、そう考えただけだ」 「あらゆる可能性をお考えになる。さすがは毛利様です」 「世辞はいらん」  ないとは言い切れない――しかし可能性はないに近い。そう続く言葉を呑み込んだ毛利を、青年は察して煽(おだ)てた。 その浅ましさを毛利は一蹴した。 「ほんの少し、お力を貸して頂くだけでいいのです」  青年は内心、苦虫を潰したような心持だったが、やわらかな声で聴許を促した。しかし毛利の答えは彼をさらに不愉快にする。 「力というのは、生命に必要なエネルギーか?」 「……ご存知で」  可能性はないに近いと内心で思いながら、そんなところまでしっかりと調べている。これだからこいつはやっかいだ――と、彼は内心で苦々しく毛利をねめつけた。 「まあ、本当に魔王を呼び出せるのなら、そんなことは微々たることだが――もしや風間(ふうま)、貴様よからぬ事を企んではおるまいな?」  表情を変えず、抑揚もなく発せられる言葉は、相手に自分の真意を僅かにも感じさせない。  なにか企んでいる者はひやりとし、なんの企みもない者すらも疑心暗鬼の恐怖を感じるだろう。  しかし、そんな毛利を相手取り、風間と呼ばれた柔和な面持ちのこの男は、易々と笑って見せた。 「よからぬ事ですか……ここに集まる者は皆、よからぬ事を企んでいるのではございませんか?」 (確かにな……)  僅かに毛利の口元が緩んだ。  それを見破るのは至難の業であっただろう。  実際、風間はそれには気づかなかった。  場に僅かな沈黙が訪れたとき、大きな羽音が辺りに響いた。縁側の障子がカタカタと風に揺れ、翼の影が降り立つ。  毛利は僅かに片方の眉を吊り上げ、風間はにこやかに笑むと立ち上がった。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!