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* * *
「うえぇえ――おえっ!」
(最悪だ。よりによって、人前で吐くなんて……! 恥ずかしい! 死にたいっ!)
大丈夫か? すまねぇなと背中を擦ってくれる花野井さんには申しわけないけど、毛利さんみたく離れていてくれるほうがありがたいわ。
(口周りを拭きたいけど、ティッシュもハンカチもない。え~いっ! もう! セーターの裾で拭いちゃえ!)
ごしごしと拭くと、紺色のセーターに薄黄色の液体がついた。
(なんか、すっごい惨めな気分……)
「もう大丈夫です。すみません」
花野井さんにぺこりと頭を下げると、花野井さんは申し訳なさそうに眉根を寄せた。
そこに、遅れて風間さん、雪村くん、クロちゃんが走ってきた。
ちらりと、風間さんが私を一瞥した。
「もうすぐ屋敷につきますから、私が谷中様をお連れしましょう」
「えっ、で、でも私――」
吐いちゃって汚いから――言い終わる前に、風間さんは私の脇の下に腕を入れた。そして、抱き上げられる。
これって、お姫様抱っこ――急に恥ずかしくなって、顔の温度が急上昇するのがわかった。
風間さんがくすっと笑った。
(ううっ! 笑われた。変な子と思われたかな……)
「可愛らしいですね。谷中様」
「へ!? あ、いやその……え!?」
可愛いなんて、男子に言われたことないよ!
まあ、100パーセントお世辞なんだろうけど。沢辺さんみたいな子にならともかく、私に可愛いなんてねぇ……。でも、嬉しいものは嬉しいんだなー!
うきうき気分で少し顔を上げると、すぐそばに美しい顔がある。風間さんがにこっと微笑んだ。
(うっわああ!)
頬が一気に紅潮する。
やっぱ、恥ずかしいから下ろして欲しいっ! こんなにきれいな顔をこんな間近で見たらヤバイよ! 申し訳ないよっ!
「ちょっと待て、風間。俺が彼女を連れて行こう!」
雪村くんがびしっと挙手しながら、スタスタと近づいてきた。
「しかし、雪村様――」
「良いから良いから!」
「きゃ!」
どこか心配そうな風間さんを遮り、雪村くんは私を強引に下ろした。お姫様抱っこをする前に、雪村くんに腰をつかまれて宙に足が浮く。
胸が彼の胸板にくっついた。
「ブフォ――!」
「えっ!」
突然、雪村くんが鼻血を吹きだして倒れこんだ。私もそのまま雪村くんに引っ張られて、一緒に倒れこむ。
「きゃあ! ――痛ぁ!」
雪村くんの上で起き上がると、彼は両鼻から鼻血をたらして白目をむいてた。
「大丈夫!?」
「だから言ったんですよ。雪村様」
心配する私をよそに、風間さんは呆れたように言って、雪村くんを背負った。
「大丈夫ですよ。気絶しただけですから」
風間さんはやんわりと笑った。
「あ~あ……めんどう増やしちゃって、これだから坊ちゃんはさ!」
思い切り嫌味を言ったクロちゃんは、呆れ果てたように雪村くんを見ていた。
(気絶って、もしかして私、そんなに臭ったのかな?)
汚物がついた袖口をくんっとかぐと、
「うえっ。すっぱい!」
(ごめんね、雪村くん)
私は風間さんの背中で項垂れる雪村くんに手をあわせた。でも、なんか幸せそうな顔に見えるのはなんでだろう?
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