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story2
「おつかれさま。きょうもかわいいね。今度デートしようよ」
会社の階段の踊り場で、おれはいつものように女の子に声をかける。
「あ、ごめんなさい。そういうのは、ちょっと」
最近社内でのナンパ成功率が激減した。おれの「よくない噂」が出回っているらしい。さっきの子にしても、つい先月派遣されたばかりだというのに、あたりがわるい。
町田女史がおれをにらんでいる。なるほど、なるほど、あいつがうわさをばらまいてるのか。
しょうがない。べつのところで新規開拓を狙うか。
煙草を吸おうと喫煙室へいくと、同期の喜多野がいた。
「あいかわらずだな」
おれよりイケメンで、おれより頭がよくて、おれより仕事ができて、おれよりモテて、おれより早く出世した同期だ。
「まあな」
あいかわらずか。
そうだな、あいかわらずだ。
やってることは、まえとそんなにかわっちゃいない。
「おまえ、ジッポじゃなかったけ」
「ああ、これ」
「女ものじゃないか。戦利品か?」
「そんなんじゃねーし」
「じゃあ、なんだよ」
「人質かな」
おれは、赤くて細いガスライターで煙草に火をつけた。
「おまえ、千人斬りでもするつもりなのか」
「100人でいいんだけどな」
「なんだそれ」
「なんだろな」
喜多野は「せいぜい刺されないように気をつけるんだな」と笑って、喫煙室を出た。おれはひとり残って煙草を吸う。メビウススーパーライト。おれとおなじ軽い煙草。そいつの先端が赤く燃えるのをみつめ、一年前の夜にあった女のことを思い浮かべる。
小さな火の光をみて、思い出すなんて、マッチ売りの少女かよ。おれ。
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