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昔、ある湖のそばに、一人の老人が住んでいました。  老人は湖に住むと言われる女神を信仰しており、一度でいいから祝福されたいと、幼いころから朝、昼、晩の祈りを欠かしたことがありません。  老人には家族はいませんでした。両親はとっくに死に、湖のそばで祈り続けるだけの生活をよしとするような女性にも、巡り会えなかったのです。 友人もいません。元々人の多い町から遠く離れた場所だったので、そもそも家族以外の人間が来ることはなく、また三度の祈りを欠かすわけにもいかなかったので、自ら町のほうへ向かうこともできなかったのです。 老人はそれを時折さみしく思いましたが、それでも女神への信仰を欠かすわけにはいかないと、一日中湖のそばで農作業をしながら、一人静かに暮らしていました。  ある朝、老人がいつものように湖へ行くと、キラキラと光る指輪が落ちていました。老人は、女神が付けていると言われているものと、それがそっくり同じであることに気付くと、 「これは女神様の忘れ物に違いない、お返しせねば」  と、湖に向かって放り投げました。指輪は見る見るうちに沈んでゆき、すぐに見えなくなってしまいます。  するとどうでしょう。指輪を投げ入れたところからコポコポと泡が立ったかと思うと、 夢にまで見た美しい女神が現れました。女神は腰を抜かした老人のもとへ近寄ると、 「あなたは私が落としてしまった指輪を親切に届けてくれました。そのお返しとして、あなたに富と祝福を与えましょう」 と言いました。  すると老人が訪ねます。 「私は忘れ物を届けただけです。それだけの事でそこまでしてくださるのなら、私が今までの人生のすべてを捧げてきた祈りには何の意味があったのです?」  女神は答えます。 「そんなものに意味などありません、だから私は今まで姿を見せなかったのです」
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