I don't need love.

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 健吾は悪魔のように薄ら笑いを浮かべてそう話したあと、苦しそうに顔をしかめた。 「男優の裸を見ながらそいつのものを想像して、それでやっと勃って……早く終わらせたかった。でも、なかなかイケないんだ。吐き気まで込み上げてきて……。俺の下にいるのは阿川さんじゃなくて男優だと想像して、何とか終……」 「もういい、もういいよ健吾」  健吾の口元がへの字に歪み、微かに震えている。麗子は腕を伸ばすと、胸に健吾を抱きしめた。 「……健吾……ごめんね」  ごめんなさいと何度も何度も麗子は呟いた。  肩を震わせて、麗子の背中を苦しいほどにきつく抱きしめる健吾の大きな背中をそっと撫でる。   「麗子を……守りたいと思った。でも……俺は、やり方を間違えたんだな……」  女を抱くという行為は、健吾にとって苦痛でしかない。その苦痛の度合いは、女である麗子には想像し難いが、もしかしたら、女性にとって性犯罪の被害にあうのと同じくらい、精神的にも身体的にも大きな苦痛なのかもしれない。その痛みを慮り、胸が張り裂けそうだった。  健吾に抱かれたいなどと考えた自分がひどく恥ずかしい存在に思える。 「麗子、ごめんな。俺は……麗子を傷付けると分かっていたのに、そうすることしか思い浮かばなかった。そうすることが、麗子を守ることになると思ってた」  嗚咽混じりに話す健吾の髪に麗子は顔を埋めた。健吾の匂いをとても懐かしく感じる。同時に、今まで一度も感じたことのない淡い想いが麗子の心の中にじんわりと広がっていった。 「麗子には同じことをしたくない。俺にとって、麗子は……家族以上に大切な存在だから。だから、俺は……」  何度も何度も健吾の背中を撫でる。  大きな背中に違いないのに、とても小さく感じるのは、気のせいではないはずだ。 「私もよ。私にとって健吾は、同じように大切な存在よ」
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