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強くならなければいけない。
大きくて小さくて、屈強で繊細で何よりも純真なこの人のために、強くて、そしてしなやかな女にならなくてはいけない。
「ねぇ、健吾。私ね、健吾が思っているよりも強くて図太いのよ。本当よ」
柔らかい健吾の猫っ毛を指で何度も梳いてやる。
この人を傷付けたくない。だから、強くなるのだ。
「だからね、もし、私をネタにして健吾を脅すような人が現れたら、鼻で笑ってやるといいわ。麗子はそんな卑怯なやつには絶対に負けないって」
健吾が赤い目を上げた。鼻までも赤い。
私たちは強くならなくてはいけない。
互いの、決して交わることはない幸せのために。
「健吾、私……自分の思い通りにならないからと、あなたの優しさから目を背けて、あなたを傷付けてしまった。本当に、ごめんなさい。……私のために、ありがとう」
麗子の胸に再度顔を埋めた健吾は、声を上げて泣き始めた。
麗子の瞳からもまた涙があふれ出す。
今すぐに変わることはないだろう。
どうしたって、健吾が大好きなのだ。可能であれば、恋人になりたいという気持ちはすぐに消え失せるものではない。
でも、ほんの少しだけ変わったことがある。
ただ好きなだけではなく、母性のような優しい想いが麗子の胸いっぱいに広がっている。
健吾が麗子へ抱く想いを少し分かったような気がした。
私たちは、さらに強い絆で結ばれた、そう麗子は確信した。
やっと前を向けたのかもしれない。
麗子は抱きしめる腕を緩めると、健吾の胸元に顔を寄せた。
健吾の涙が一粒、麗子の頬を伝う。
他人からの愛はいらない。家族でいい、いつまでも健吾のそばにいたい。
諦めの悪い想いがこれからも時折顔を出すだろう。それも仕方ない、この想いとも付き合っていかなくてはならない。
いつか、健吾ではない人を愛するときが来るのだろうか?
この時の麗子には、想像すら出来なかった。いつかそうなればいいとも今は思えない。
泣き止まない健吾の胸で麗子は目を閉じた。
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