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会社に到着した麗子を待ち構えていたのは、同期の安田千佳子だった。
「安田さん、おはよう」
受付を過ぎ奥のエレベーターホールで、難しい顔をして腕組みをしている安田に麗子は朝の挨拶をした。
「あら、荷物は?」
今出勤したのであれば、何かバッグを持っているはずなのに、なぜか今の安田は手ぶらだ。
不思議に思いながらも、麗子は腕を伸ばすと更衣室に向かうためにエレベーターのボタンを押した。
「笹川さん、更衣室に行かない方がいい」
「なぜ? でも、行かないと私遅刻になってしまうわ」
エレベーターの扉が開く。乗り込む麗子の腕を安田は掴んだ。
「ダメ、行かないで」
すがるような瞳で麗子の腕を掴む。ただ、遅刻させるかもしれないでも行かせたくない、そんな葛藤があるのだろうか、力はさして強くなかった。
麗子にしても、早く着替えなければ遅刻になってしまうしチーフに怒られてしまう。
若干の押し問答の末、二人はエレベーターに乗り込んだ。
「どうしたの? 安田さん何だか変よ?」
安田はキュッと唇を噛んだ後、泣きそうな顔を上げた。
「阿川さんが、斉木くんと別れたって。それで……その言いようがひどくて。笹川さんには聞かせられない……」
麗子の顔が険しくなるにつれ、安田の声は小さくなっていった。
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