祠村

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 あれからしばらくしても、バスは進み続け、山の奥のさらに奥へと入り込んでいく。さっきまであった、ふもとに広がる広大な景色は、既に見えないほどに遠ざかっている。雑草のように生い茂る無数の木々の壁が、隙間をも遮りどこまでも並ぶ。歩道には人の姿はなく、こんな所に道路が敷かれているのが妙な違和感を作り出す。  昼が夕方に少し近づいた頃、やがてバスは道路の脇ある一本のバス停に行き着いた。聞き心地の悪い、甲高(かんだか)いブレーキ音と共に停車し、前の扉が外への出口を繋ぐと 「お客さん、着きましたよ」  運転手が到着を告げる。唯月は席から立ち上がると運転席まで行き、整理券と1260円の代金を支払う。お辞儀とお礼を同時にして、バスから降りようとした矢先 「お客さん、ちょっといいか?」  不意に運転手から、ただならぬ剣幕で呼び止められる。出入り口の階段に片足を乗せ、唯月は横顔だけを振り返らせた。 「その洒落た服装、あんた都会の人間だな?しかも、子供が1人でこんな山奥に立ち入るなんてそうそうない事だ。念のために聞くが、ここには何のために来た?」  真剣な眼差しと、(いぶか)しげの問いに圧倒され、唯月はすぐには答えられず返答に苦悩した。とりあえず、重い空気を和ませるため、温和(おんわ)な態度で訳を話す。 「この先の村に従弟が住んでいるんです。手紙を貰ったから、これから久々に会いに行こうと思って・・・・・・」 「そうか、ならいいんだ。ここは人が滅多に立ち入らない山奥だからな。人の恐さを知らない獣も多い。迷わないよう気をつけてな」  真面目な注意を(うなが)した運転手は、口を閉ざし何度か頷く。たった1人の乗客を外に下ろすと、扉を閉ざしハンドルを握る。乗客のいないバスはエンジンを鳴らして動き出しその場から立ち去って行った。 「さてと、ここからは歩きだ」  唯月は軽い運動で、凝った体をほぐすと、気紛れに深い森林を見回す。ひんやりと涼しい環境が心地よく、都会とは裏腹の新鮮な空気を胸いっぱい大きく吸い込んだ。そして、鞄から取り出した地図を頼りに、目的地に足を進める。
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