絵馬

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 夕方、日は西に傾きつつある。  外回りの営業で疲れた自分は、今、社に戻るまでの時間調整も兼ねて、とある小さな神社の境内の片隅で、ベンチに腰を下ろし、ぼーっと時間をやり過ごしている。そんな自分の目の前では目下、4人の小学生らが、サッカーに興じている。スポーツ中継を見るのが好きな自分は、自然と退屈しのぎに、その子らを勝手にA、B、C、Dと割り振り、頭の中で実況中継を始めていた。 「Aがドリブルで上がっていった、が、自分でシュートは打たずBにパス、そこへCが詰めた、苦し紛れにBはAに戻す、あっ、Aがトラップミスだ、こぼれたボールをCが奪って素早くBにパス、それをAが全速力で追って行く・・・」  そう、敵も味方もないのである。ただ、みんなその瞬間瞬間、頭に思い浮かんだシーンに従って、一つのボールを追いかけ回しているにすぎないのである。だがお気づきだろう、自分の実況に、Dが出てこない。Dは身のこなしがかなり鈍く、素早いボールの動きに対応できず、それに触れることすらできないのである。  そうこうしている内に、子供たちは帰って行ってしまった。しかしDだけはその場に一人残り、ポツンと、絵馬掛所を見つめている。普段、この神社の社務所は閉じられているが、お正月だけは氏子が集まり、お守りや絵馬やおみくじを販売するのである。 「あのぅ、すいません」  Dがこっちに向かって走ってきて、自分に、声をかけてきた。 「ん?、どうしたの」 「あれ、僕も書きたいんですけど」 「絵馬のこと?」 「そう」 「あ、あれね、お正月しか売ってないんだよね」  するとDは、シュンと下を向いてしまった。 「何か、お願いしたいことがあるんだ」  頷く。 「分かった。サッカーがもっと、上手くなりたいんだな」  首を振る。 「えっ、違うの、それじゃあ学校の成績のことか、私立中学を目指してるとか」  首を振る。 「そうか、それも違うとなると、じゃあ君は、とっても優しそうな顔をしてるから、自分のことじゃなくて、家族のことだろ。お父さんやお母さんが、毎日元気でお仕事出来ます様にって」  ・・・黙っている。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加