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夕方、日は西に傾きつつある。
外回りの営業で疲れた自分は、今、社に戻るまでの時間調整も兼ねて、とある小さな神社の境内の片隅で、ベンチに腰を下ろし、ぼーっと時間をやり過ごしている。そんな自分の目の前では目下、4人の小学生らが、サッカーに興じている。スポーツ中継を見るのが好きな自分は、自然と退屈しのぎに、その子らを勝手にA、B、C、Dと割り振り、頭の中で実況中継を始めていた。
「Aがドリブルで上がっていった、が、自分でシュートは打たずBにパス、そこへCが詰めた、苦し紛れにBはAに戻す、あっ、Aがトラップミスだ、こぼれたボールをCが奪って素早くBにパス、それをAが全速力で追って行く・・・」
そう、敵も味方もないのである。ただ、みんなその瞬間瞬間、頭に思い浮かんだシーンに従って、一つのボールを追いかけ回しているにすぎないのである。だがお気づきだろう、自分の実況に、Dが出てこない。Dは身のこなしがかなり鈍く、素早いボールの動きに対応できず、それに触れることすらできないのである。
そうこうしている内に、子供たちは帰って行ってしまった。しかしDだけはその場に一人残り、ポツンと、絵馬掛所を見つめている。普段、この神社の社務所は閉じられているが、お正月だけは氏子が集まり、お守りや絵馬やおみくじを販売するのである。
「あのぅ、すいません」
Dがこっちに向かって走ってきて、自分に、声をかけてきた。
「ん?、どうしたの」
「あれ、僕も書きたいんですけど」
「絵馬のこと?」
「そう」
「あ、あれね、お正月しか売ってないんだよね」
するとDは、シュンと下を向いてしまった。
「何か、お願いしたいことがあるんだ」
頷く。
「分かった。サッカーがもっと、上手くなりたいんだな」
首を振る。
「えっ、違うの、それじゃあ学校の成績のことか、私立中学を目指してるとか」
首を振る。
「そうか、それも違うとなると、じゃあ君は、とっても優しそうな顔をしてるから、自分のことじゃなくて、家族のことだろ。お父さんやお母さんが、毎日元気でお仕事出来ます様にって」
・・・黙っている。
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