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――慶応三年十二月十三日(西暦1868年1月7日)。
――丑三つ時(午前2時~2時半)。
――京都。
やや肥えた上弦の月が、とうとうその不格好な姿を地平線の奥へ沈めようとしていた。
空は薄く雲がかかり星の光は届かず、唯一の光源である月さえなくなれば辺りは暗闇しかない。
だが、闇が深いのは光があるからだろう。森の中に仄かな提灯の灯がいくつも漂っている。縦に伸びたその小さな明かりはゆっくりと蠢きながら山を登り、さながら光る蜈蚣の足である。
――それは死の行進だった。
浅葱色の装束*1を身に纏った十二人の男達は懐に辞世の句を書いた紙を入れ、先導の男や従者達と共に山道を歩いていた。しんと張り詰めた冬の冷たい空気が、まるで意志を持っているかの如く男達の肌や鼓膜を刺し貫く。
辺りは異様なほど静かだ。梟の鳴き声もせず、風で木々がざわめくこともなく、ただ男達が地面を踏みしめるざりざりという音だけが響く。実際には衣ずれの音や提灯がぶつかる音もしていたのだが、彼等は聞こえていなかった。耳に心臓でも生えたかのように、絶え間ない己の脈動を聞いていたからだ。
男達の顔に悲壮感はない。武士として生を受け、主君のために死ぬ。それは侍として至上の誇りであり慶びだ。ただ一つ気になるのは、残された主君や家族がどうなるかだが、男達がそれを知ることはない――。
先導の男が止まった。そこは木や草が事前に取り除かれて広場のようになっており、中央にはしめ縄の巻かれた大きな岩が鎮座していた。
ここが死に場所ということか。
付き添いの従者共が地面にゴザを引き、男達はその上に座って然るべき時を待つ。
手際良く従者達に指示をする先導の男はまだ若く、瑠璃紺色の狩衣を纏っていた。陰陽師だ。神酒を岩にかけて清めおもむろに祈祷を行うと、従者に指示をして花火を上げさせた。
この時代、遠方と連絡をするにはどこからでも見える花火にするしかなかったのだ。たまたま夜更かしをして外を見ていた花魁が季節外れの花火に気付き、まァ綺麗……と呟いた。
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