1-狐火

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「偉いわねぇ、休みの日だってのにこんな朝早くから。どこの山に登るの?」  よく見ると、この夫婦も僕と似たような恰好をしている。どうやら彼らも山登りが目的のようだ。もっとも彼らと僕らの山登りは、その趣旨がまったく異なるだろうけど。というか、僕らのような目的で山に入る人間が他にいるなら見てみたい。  僕も出来ることなら、単純に自然と触れ合うという意味での山登りがしたいのだが、彼女にそんなを提案しても即刻却下されることだろう。 「実は知らないんです。知り合いの誘いで、場所も教えられずに勝手に予定を決められてしまって……引っ張り出されたって感じです」 「へぇ、そりゃ大変だね。けどまあ、休みの日だからって家の中でぐうたらするよりは良いってもんだ。最近の若いのは外に出るってことをしないからな。うちの息子も学校以外はずっと家で遊んでるよ」 「はは……」  おじさんのその言葉に、僕は少しだけ苦笑いしながら答える。 「ええ、そうですよね。良い機会だと思って楽しみますよ」  本当なら僕も家の中で一日中ごろごろしてのんびり過ごしたかったのだけど――――とは、さすがに言えなかった。やっぱり学生の休日なんてどこの家も一緒か、と安心するのと同時に、自分の怠け者具合が恥ずかしくなってしまう。     
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