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栞はショーケースの後ろにある、ラッピング用のアルミ台にもたれた。
パティシエの仁科はシュー皮の生地を絞りつつ、栞に話しかけた。
「短大で、コンセプトは言わされているだろ」
製菓コースなのだから、とつけ加えられる。
栞はアルミ台に備えてある、赤いラッピングリボンを引っぱった。小指に巻く。
「私、発表とか苦手だし」
「苦手なら練習したほうがいい」
「私、まだ一年生だし」
「春から二年生だろう。短大の二年間なんて、あっという間だ」
……正論が面倒くさい。
栞はいじけて、ラッピングリボンをさらに引っぱった。
「やだなぁ。仁科さんに渡すんじゃなかった」
栞は嫌味を言って、仁科を見た。
細身で姿勢が良く、コックシャツよりスーツが似合うと周囲に言われる。そういう堅さ、近寄りがたさを持ったパティシエは、嫌味を気にせずに作業していた。
仁科はシュー皮の生地に霧吹きで水をかけると、熱いオーブンに入れた。
「感想を聞かせてくれって言ってきただろう。だから昨日までに、全部食べてきたんだ」
「え、三つともですか?」
「三種類あったから」
「ど、どうでした?」
「東山」
仁科が衛生管理のためのマスクを取って、栞にほほえんだ。
目元以外で笑っている。やっかいな客をあしらうときの笑顔だ。
「コンセプト」
栞はリボンをいじるのをやめて、休憩室に向かった。ショルダー型のトートバッグからノートを取り出すと、仁科のもとに行った。
アルミの作業台の上で、ノートを開く。ハリネズミをかたどったチョコレートの、デザイン画があるページを見せた。
「ちゃんと書いているじゃないか」
仁科の目元も笑った。
栞は顔を赤くして、軽く咳払いをした。
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