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「……バレンタイン用のチョコレートと仮定して、作ってみました。購買の第一ターゲットは、二十代の女性です。第二ターゲットは中高生の女子」
緊張で声が震える。色鉛筆で描かれたチョコレートのハリネズミを、そっと指差した。
「可愛い見た目で、手に取ってもらえたらいいなって。ハリネズミにしました。幸運を運ぶ動物だそうなので、その、イメージもいいです」
セット販売を仮定して三種類――ミント、オレンジピール、アーモンド――それぞれ別のものを混ぜたチョコレートで、ハリネズミの胴体を作る。背中の棘はナッツとチョコスプレーで再現。仕上げにアイシングで作った白い花を、頭に飾る。そういった制作手順を、栞はたどたどしく話した。
「ハリネズミ」仁科が言った。
「……確か、自宅で飼っていなかったか」
「そうですよ。仁科さんには、写真を見せたことがあります」
栞はカフェエプロンのポケットから、携帯電話を取り出した。
つぶらな瞳のハリネズミがいる待ち受け画面を、仁科に見せた。
「ハリネズミは棘があって可愛いです。というか、ちくちくした感触が最高なんです」
「ペット自慢はいらない」
「でもこの写真、良くないですか?」
「まぁな」
栞はほほえんだ。仁科が待ち受け画面を見つめる時間が長いと、気づいていた。
「ハリネズミの可愛さは、再現できてると思う」
「ありがとうございます」
栞は返された携帯電話を、またエプロンのポケットにしまった。
「ええと。本命の男性へのチョコレート……としても、お買い上げいただけるのですが。か、隠れたコンセプトは、女性の『自分用チョコレート』です」
「ああ。そういう客、今年も多かったな」
「そうですよ」栞は大きく頷いた。
「私は女性のほうが、チョコレート好きな方が多いと思っています。確かチョコレートには、安定する成分が入っていて。それからバレンタインは女性客が多い……だって女性が告白できる日、というフレーズで定着したものだから。ええと。あ、海外では違いますが……」
本命。女性が告白できる日。そう口にしたせいもあって、緊張が高まった。汗が浮かび言葉に詰まる。
「……に、仁科さん」
栞は口ごもり、話すのを止めた。
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