82人が本棚に入れています
本棚に追加
「……東山。三月十四日は、なにか予定があるのか?」
「え?」栞は顔をあげて仁科のほうを見た。
仁科はバックヤードの壁にかけられた、ホワイトボードのシフト表を見ている。
シフト表の三月十四日の欄には『ホワイトデー』と書かれてあり、栞の名前はない。
栞は店を思ってスケジュールを空けていたが、たまたまシフトが入らなかった。
「暇ですけれど」
「なら、店に寄ってもらっていいか」
「わかりました」
仁科がオーブンを開けて、焼きあがったシュー生地を取り出す。
「……十四日。人出が足りてないんですか? 私、ラストまで入れますよ」
栞はしどろもどろに言う。仁科は横目で、栞を見た。
「そうじゃない。ケーキの試作品を作ってくるから、もらって帰ってくれ」
膨らんだシュー生地の甘い香りが、ショーケース側にいる栞にまで届く。
栞ははにかみながら、はい、と返事をした。
「……ここの商品じゃ、余りものを渡すみたいだから」
「ありがとうございます!」
手作りのお返しを用意してくれる。自分と同じように手間暇をかけて。
そう思うだけで、栞は胸がいっぱいになった。
遅れ毛を耳の後ろに直して、仁科に笑いかける。
二月十四日に渡したチョコレートのように。
こんな自分の不器用さも、相手を喜ばせる魅力になればいい。
(終)
最初のコメントを投稿しよう!