洋菓子店のハリネズミ

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「……東山。三月十四日は、なにか予定があるのか?」 「え?」栞は顔をあげて仁科のほうを見た。  仁科はバックヤードの壁にかけられた、ホワイトボードのシフト表を見ている。  シフト表の三月十四日の欄には『ホワイトデー』と書かれてあり、栞の名前はない。  栞は店を思ってスケジュールを空けていたが、たまたまシフトが入らなかった。 「暇ですけれど」 「なら、店に寄ってもらっていいか」 「わかりました」  仁科がオーブンを開けて、焼きあがったシュー生地を取り出す。 「……十四日。人出が足りてないんですか? 私、ラストまで入れますよ」  栞はしどろもどろに言う。仁科は横目で、栞を見た。 「そうじゃない。ケーキの試作品を作ってくるから、もらって帰ってくれ」  膨らんだシュー生地の甘い香りが、ショーケース側にいる栞にまで届く。  栞ははにかみながら、はい、と返事をした。 「……ここの商品じゃ、余りものを渡すみたいだから」 「ありがとうございます!」  手作りのお返しを用意してくれる。自分と同じように手間暇をかけて。  そう思うだけで、栞は胸がいっぱいになった。  遅れ毛を耳の後ろに直して、仁科に笑いかける。  二月十四日に渡したチョコレートのように。  こんな自分の不器用さも、相手を喜ばせる魅力になればいい。 (終)
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