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少し汚れた上履きに足を通しながら、彼の質問に答える。
「別に、ただ動きやすいから、だよ。丈も膝上くらいだし、袖も手首の少し上までだし……?」
すると、今度は彼が僕を訝しげに見つめ、再度問いを零した。
「……だからって、毎日女装しなくたっていいんじゃねえの? あと、なんで最後が疑問形なんだよ」
不服そうに、苛立ち混じりに話す彼の顔には、困惑の色がチラついていた。
さて、少しからかってあげよう。さっきのクラッカーのお返しだ。
「ま、前から言おうと、思ってたんだけど、ね?」
途中途中で言葉を区切り、片手を口元へ運ぶ。そして身をくねらせ、俯き気味に続ける。
「癖に、なってるみたいなんだ。女装、するの」
両手で顔を隠し、ボソッと「言っちゃった」と叫ぶ。
「え……」
横目で確認すると、彼の顔はどんどん青ざめていき、口をぽかんと開けて、こちらを困惑げに見つめているではないか。
面白い反応が見れたし、ネタばらしでもしようと顔をあげる。
「冗談だよ、イタチく」
「いやいやいやいや、別に否定する気はないぜ!? その、なんだ、ま、まあ、頑張れよ!」
「……へ?」
驚いて思考が一旦停止する。そのあいだにも、彼は何か御託を並べて気まずそうにしていた。異世界の本にあった、道化というやつ、だろうか。
ああ、僕は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないぞ。
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その後、なんとか説明し、イタチ君を正気に戻すことができた。朝礼は八時からで、その時の時刻は七時半を軽く超えていた。
伽藍堂状態の食堂で軽く朝食を摂り、小等部用の体育館へ走る。普段なら外だが、今日は同情するかの如くの大雨。
体育館は、雨のジメジメとした居心地の悪さと、妙な静けさに満ち満ちていた。規則的に並べられた、千はあるであろう座席。既にほとんどの生徒が集まっており、空席は前方の数列だけ。
軍人と教師の冷たい視線と数百人はいるであろう生徒たちの視線を掻い潜り、二列目の中心部の二席に二人で座る。時計は七時五十五分を指しており、この小等部の推進、『十分前行動』を僕らが破っていることが確認できた。
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