【午後三時五十九分】

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【午後三時五十九分】

 M銀行。  沢田大翔は呼吸を乱れさせながら、散弾銃の銃口を震える手で、人質たちに向けていた。全身から湧き出る悪寒による発汗。明らかに焦りを隠し切れない、頭髪を掻き殴る行動。執拗に耳鼻の穴を指でほじる所作。クスリの禁断症状か、それとも追い込まれている状況からの焦燥感からか、一見して沢田の気配と気色は常態ではなかった。  受付カウンターの上に座って陣取る姿はもはや定着の姿の沢田。散弾銃片手に落ち着かない様子でカウンターのデスクを人差し指で叩きながら、例の如く一人言をブツクサと読経のように唱える。 「クソが! 何だってんだこの展開は。あ、いやさ、こいつは俺の作戦通りなんだ。今の今まで全てが順調に進んでいる。アホか俺は。何を焦ってやがる。クールになれよ、大翔。俺はこれから羽ばたくんだ。自由に羽ばたくための助走を俺は成就しようとしているんだ。ホップ・ステップ・ジャンプで、まだ人生的には早いが成功に満ちたセカンド・ライフが待っているんだ。俺の人生、今までハッピーすぎたろ。サイコーの成功の連鎖の青春ライフだったじゃねえか。俺は成功者なんだ。オイ! コラ、分かってんのかお前ら!」  突如、人質たちに対して怒鳴り問う沢田。さらに沢田は続けて、 「テメエらは分ってんのか、分からねえのか。この俺のスゴさが。聞きてえだろ、俺様の今までのサクセス・ストーリーを! ああっ!」  人質たちに恫喝して沢田は迫る。人質たちはその強引かつ狂気じみた沢田に圧倒されて多少騒めきながらも怯えた表情で頷く。 「だろ! そうだろ。俺をな、タダのチンケな銀行強盗だと勘違いするな。俺はエースで四番、本来ならプロ野球で活躍して、いや、メジャーで旋風を起こすようなスゲえピッチャーだったんだよ。お前らとなんか別の次元で生きていて、本当ならこんな場所で会える人間じゃないんだぞ。俺に強盗されてむしろ感謝しろってんだよ。俺に殺されて光栄に思えってんだよ。そんじょそこらの凡人どもと一緒にするなっての。分かってんのか、お前ら!」  沢田の喋る言葉。もはや語尾は声ばかりが大きくて、まともな滑舌ではなかった。口元からは口角泡を飛ばしつつ涎を垂らし、充血した目からは薄っすらと涙を浮かべている。発狂状態。人質たちは縄で捕らえられた不自由な体をくねらせながら、その沢田の逆上した様を目の当たりにして、さらに脅威を覚える。 そして、恐ろしい予断が人質たちの頭によぎる。 「ああ、本当に分かっているのか!?」  沢田はそう怒号するとカウンターから飛び降りて、人質たちに迫り寄り始めた。人質たちはいきなり、エースで四番やら、プロ野球やら、メジャーやら、ピッチャーやらと脈絡のないワードを叫ぶ沢田に対して、首をかしげながら訝し気な表情をしつつも、沢田の必死の気迫から首を何度も縦に振った。 だが、人質の中で一人だけいまいち釈然としない態度で、自失しているような状態の銀行員ではなく一般客を沢田は見つけた。すると背広を着て捕縛されたまま、跪いている姿勢の男性客の顔面目前に銃口を突き付けて、 「そうだ、テメエだっ! オメエは俺を鼻で笑っていただろうがっ!」  男性客は焦りながら即座に反射的に首を横に振るが、沢田の興奮状態は収まらなく喚きちらし、 「嘘をつくんじゃねえ! せせら笑ってただろうが。俺の事をデカい口を叩いているだけの妄言野郎と思ってんだろう。ああ!? そうなんだろう」 「ち、ち、違いま……」  と男性客が脅えながら言葉を返す最中、銃声が響いた。散弾銃から放たれた弾丸は、至近距離で男性客の顔の半分を吹き飛ばし、床や背後にいた人質に血と脳漿がぶち撒かれた。人質たちが一斉に阿鼻叫喚。 さらにパニック状態になる銀行内の中、 「ヒャッハー! 思わず殺(や)っちまったぜ。またボディ・カウントを増やしてやったぞ。サイコーだ!」  と沢田は硝煙と血糊が残り漂う状況を前にして、一人やけくそ気味に満悦した貌(かお)で荒々しい台詞を放った。
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