白山吹

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白山吹

 それから半年ばかりの後、僕は再びあの岡山の彼等の家を訪れた。 暑い、夏の日だった。  僕はその夏、趣味の植物採集を兼ねた旅行に出ていた。 舞鶴から日本海沿いを鳥取まで降下し、不図したことから僕は急に岡山に向かうことを思いついた。 海沿いのあまりにも殺伐とした風景が、僕にある種の寂寥を起させたのだろう。 どちらかというと、独りで過ごすことを好む性質の僕が、急に見知った顔が恋しく思われ、矢も立ても堪らなくなった。  僕は鳥取の宿から鳴人に近日中に其方に向かう旨を手紙に書き送った。 その数日後には僕は岡山に向かっていた。 一つに人恋しかった所為がある。 そして、あの葬儀以来、一度も音信のない従兄弟の様子が気になっていたというのもあった。  だが、それよりも何よりも、この時、自分では全く名状のできない虫の知らせのようなものを、何か唯事でないないような胸騒ぎを、僕は確かに持っていた。 僕はその小さな形のない不安に背を押されるようにして、鳴人の元へと向かったのだった。  鳴人の家は、山間にある旧家だった。 眼前に青々と煙る山々を置いて民家も疎らな、なだらかな坂道を半刻ばかり上り続けると、その最果て辺りに漸く現れる。     
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