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小さ神
これは数年前の春、自ら望んで癲狂院に入った僕の従兄弟の話である。
その頃の癲狂院という所は、僕などからすると、凡そ人など扱う風もない、その上、入ったら最後、二度と出られぬのではないかと思われるような、施設と言うのは名ばかりの酷いところだった。
患者達は殆ど囚人とかわらぬあしらわれようで、治療という名目で行われる施術は、正気な人間が受け続けたならば、むしろ気が狂ってしまうのではないかというような荒療治だった。
僕はそれを目の当たりにした時、それを施術する側の医師達の正気をむしろ疑った。
広島の市街から凡そ離れた海の見える高台にあるその癲狂院に、僕は一度だけ従兄弟を見舞ったことがある。
四角い、牢獄のような板張りの狭い病室に、僕の従兄弟は一人、きちんと居住まいを正して僕を迎えた。
「最近気付いたのだけれどね、」
従兄弟は薄灰色の、彼が着るには随分と大きい上着を着ており、それはこの癲狂院の患者が一律に着せられているものだったが、彼は見たところ、他の患者に比べ薄汚れた風もなく、髪なども洒落っ気はないものの、実に清潔に整えられていた。
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