第2章 ある男爵令嬢

3/6
前へ
/72ページ
次へ
口々に褒め称える令嬢の賛辞にアリアドネは困ったように笑い、 「まあ…。私のような人間にそこまで言って下さる等光栄ですわ。ありがとうございます。その言葉だけで充分ですわ。…でも、私にはやはりあのような立派な方々の相手は荷が重すぎて…、やはり、人には身の丈に合う合わないがありますもの。」 そんなアリアドネの返答に周りの令嬢は何と慎ましく、謙虚な令嬢だろうと思った。 ―はあ…。毎回毎回疲れるなあ。何で皆さん一々、私とあの方達を引き合わせようとするのだろう。 そっと誰にも気づかれないように溜息を吐いた。アリアドネは公爵家の娘だった。それもアルセーヌブルク家の一人娘という家柄のステータスのせいで周りから注目の的だった。アルセーヌブルク家は王族が降嫁したこともある歴史的にも古く、権力も財力もあり、王家に次ぐ力のある家柄だった。それだけ聞くと、王家に仇なすのではと危惧されそうだがアルセーヌブルク家は代々、王家に絶対的な忠誠を誓い、時には王家の盾として守護する立ち位置にいる。故にアルセーヌブルク家は王家にも貴族にも一目置かれていた。そんな家柄の娘なのだ。しかも、アリアドネは公爵家の娘という家柄だけでなく、その美貌でも名が知られていた。社交界でもその可憐で清楚な容姿から『白薔薇の妖精姫』と謳われ、血筋も高貴な家柄でその上教養もあり、性格も温厚…。そんな彼女に何故、婚約者がいないのか社交界では囁かれていた。それは王立学園でも同じことだった。アリアドネは学園に入ってからも人々の興味と好奇の目に晒されていた。あまり目立ちたくない彼女はそんな彼らの詮索を躱していた。令嬢の多くはこの学園で未来の婚約者を射止めたい、優秀で有力貴族の子息に見初められたいという願望を抱いている娘が多い。が、アリアドネは違った。彼女にとっては今日この日を生きられる。そんな当たり前のことが彼女には奇跡のように感じたのだ。けれど、周囲の人間はそうではないのだ。令嬢の中にはあわよくばアリアドネをだしにして彼らとお近づきになりたいという下心もあるのだろう。アリアドネも長年、貴族令嬢として教育され、育ってきたのだ。相手の本心を読み取るのは得意分野だった。だが、そういうのは自分の知らない所で頑張って欲しい。もしくは、殿下や有力貴族の婚約を夢見ている他の高位貴族の令嬢と一緒にすればいい。心の底からそう願った。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加