晏寿

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   まるで将棋の駒を進めるかのように他愛もなく無邪気なご様子の殿を、『頼もしい』と手放しで受け容れる事は父には難しかったのだろう。  新しい方針に先に順応したのは三原様や坂下様だった。坂下様は商人の血が騒ぐなどと申され嬉々として関東へ赴き、三原様は居留地を囲む形での官公舎及び殿が直轄する商會の普請、そして港の拡張へ精力的に動いた。 「城の中枢を市中に移してばかりゆえ殿の身辺が手薄になってしまった。警護の要の三原が留守ばかりで如何致すのだ」 「寝食を忘れ殿のお考えに沿うておられるのです。まこと天晴れな働きぶりではございませんか」  そして兄もまた精力的だった。  同年代の者達から特に優秀で志のある者を推薦し、殿は躊躇う事なくその者達を外国(とつくに)へ送り出した。  「若く秀でた人材を無闇に流出させれば国元が揺らぎはしないか」 「流出などではございません。国元は経験豊富な人材が守ってくれるゆえ、若者には経験を積ませる事が肝要と殿はお考えなのです。父上達を信頼しておられるからこそではありませんか」 「年寄り扱いか!」  父は─────⋯⋯  出遅れたのだ。先代が全幅の信頼をお寄せになり、また先祖代々より秋朝家の一の家臣と遇されて来たにも拘らず、当代で事実上『出鼻を挫かれた』事は父の自尊心を傷つけるには十分過ぎた。  兄の言う通り、まこと……殿を幼き当主と侮っていたのかも知れない。
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