Ⅲ 王の子

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 目が覚めると、信の泣きそうな顔が目に飛び込んできた。頭がぼんやりしているので、何度も瞬きする。 「蘭……よかった」  信は泣き顔のまま笑って、顔を蘭の腕にうずめた。よく分からないまま、なんとなく、信の頭をなでる。 「わたし、どうしたんだっけ」  記憶を呼び起こそうとする。頭がずきずきと痛んだ。 「ああ、そうだ。凛は?儀式は?」  想いだけが先に来て、思うままに、単語を並べる。 「即位式は終わった。巫女姫が即位なされた」  声がした方を見ると、信の後ろにアランがいた。どっかりと椅子に座って、腕を組み、不機嫌そうに蘭を見ている。 「終わった?」  気の抜けた声を出すと、記憶がだんだん戻ってきた。金色の髪、あの日の占い師だ。  アランが頷いて、続けた。 「ああ、終わった。終わって戻ると、お前がいなかった」  何があった?  蘭は説明した。金色の髪の巫女のことも。  アランは眉をひそめた。 「ああ、それは間違いなく、占い師の伯母上だな。金髪の巫女は彼女しかいない」  凛が村からいなくなった日の朝、まかない所で見たあの金色の髪の巫女。蘭は鮮やかに思い出した。 「伯母上は太陽神がすべてだ。というか生きる意味だ」  まぁ、王族としても、巫女としても、それが正しいのだが、とアランは独り言ちる。 「彼女は、太陽神の為なら、他の何の犠牲も厭わない」 「狂信者」という言葉が、蘭と信の頭に浮かんだ。王族であるアランの前では、口に出せないが。  わたしに邪魔をさせないために、攫ったのだろうか。 「終わった……」  もう一度呟いてみた。言葉が空中で宙ぶらりんのまま漂っているようだった。 「もう、会えない?」 「ああ、もう無理だ」  アランが厳しい声で言った。 「二年後の婚礼の儀まで、巫女姫は隠される。もう出てくることはない」  蘭は凍り付いたように、聞いていた。 「ラン、巫女姫はそれはとても美しかったぞ。あれは、もう、巫女姫になることを決めた者の目だ。お前が仮に巫女姫に会えて、何かを言ったとしても、巫女姫自身が覆さないだろう」  そして急に優しい声になって、言った。 「あきらめろ」  蘭の凍った目から、涙が零れ落ちた。 「会わせてくれるって、約束したのに」 「すまない」 「そのために命を懸けたのに」 「すまない」 「アラン様を信じたのに」 「すまない」 「凛が死んじゃう」 「すまない」  すまない、すまない、すまない……  言葉はむなしく消えていく。  それでもアランは何度でも謝ってやりたかった。それで蘭の心が少しでも晴れるなら、今は王太子である自分を少し忘れ、蘭を慰めてやりたかった。  コルがここにいなくて良かった。  コルがここにいれば、謝り続ける王太子を止めただろう。針森の連中は王様だの王太子だのを気にしない。  アランは立ち上がり、アランをなじり続ける蘭の涙を指で掬った。 「ごめんな、ラン」  そう言うと、瞼にそっと口づけた。
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