Ⅳ 不穏

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「二人は無事着いたかな」  執務室の椅子で伸びをすると、アランは言った。部屋にはコルがいるだけだ。アランが下町で隠密行動をしている間にたまった仕事を、二人で片付けている最中だった。 「ああ、ドムの町でしたっけ」  コルは気のない返事をする。いつもと違う態度に、アランはおやっと思った。コルを見ると、顔も上げず、書類に目を通している。 「ああ、あそこが中継地らしい。お前、知っているか?」  コルはやっと顔を上げた。しかし奇妙な顔をしている。飲みたくない薬を飲まなくてはいけないと思っているような。 「だいぶ、様変わりしていると聞きました」  ん?とアランが戸惑っていると、コルが先を続ける。 「二〇年前とは全く違う町になってしまったそうです」 「……詳しいな」  アランは先日までドムという名前も知らなかった。勉強不足と言われれば、それまでだが、そんな辺境の町までコルが知っているとは意外だった。 「住んでいましたからね」 「住んでいた?」  アランが知る限り、コルはアランが物心ついたころから、傍らにいた。 「アラン様が生まれる前です」  へぇと呟いて、子どものころのコルを想像してみる。 「なぜ、言わなかったんだ?」  アランは昨日四子宮に戻り、コルにはその時、事情を話した。ドムの話をした時も、コルは何も言わなかった。 「アラン様とシンで勝手に決めてしまわれたでしょう? シンとランは出発してしまったし、言っても何の意味もないと思ったんです」  少し責めているような口ぶりに、アランは驚いた。 「すまん、急いだほうがいいと思って」  謝ると、恥じたようにコルは目を背けた。 「コルがドムを知っているのなら、コルに行ってもらえばよかった」  アランが言うと、コルは黙り込み、やがてため息をついた。 「それはできません」 「できない?」 「わたしはドムでは有名人ですので」  辺境の地から、王宮の近衛兵になったからだろうか。 「ドムは二十年前反乱を起こした町です」  急な話の転換に、アランはぎょっと目を剥いた。 「あなたの兄王がこれを鎮めた」  コルは淡々と話している。 「反乱軍の統領に、七歳の息子がいました」  時が遡る。 「それがわたしです」 「……統領の息子」 「町を焼け出され、国王軍に捉えられました。町の誰も、わたしが統領の息子だとは告げませんでした。そのおかげか、兄王様はわたしを殺さなかった。そのまま、兄王様の屋敷に連れていかれたんです。その後、貴方が生まれた」 「……知らなかった」  半ば呆然としてアランは呟いた。コルが顔をあげて、ほほ笑みを浮かべた。 「聞かれませんでしたからね。あの後のごたごたで、皆、わたしがどこから来たのか、忘れてしまったんです。気がついたら、貴方付きになっていた」 「そうか」  アランはそれしか言えなかった。 「でも、ドムの町では、もともといた住民は下層へ落とされ、都から来た役人や商人が、上に住むようになった。その原因を作った反乱の統領を、皆が忘れるわけがないんです。その息子のこともね」 「……王宮を恨んでいるか」 「いいえ」  コルは笑って、きっぱりと言った。
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