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「二人は無事着いたかな」
執務室の椅子で伸びをすると、アランは言った。部屋にはコルがいるだけだ。アランが下町で隠密行動をしている間にたまった仕事を、二人で片付けている最中だった。
「ああ、ドムの町でしたっけ」
コルは気のない返事をする。いつもと違う態度に、アランはおやっと思った。コルを見ると、顔も上げず、書類に目を通している。
「ああ、あそこが中継地らしい。お前、知っているか?」
コルはやっと顔を上げた。しかし奇妙な顔をしている。飲みたくない薬を飲まなくてはいけないと思っているような。
「だいぶ、様変わりしていると聞きました」
ん?とアランが戸惑っていると、コルが先を続ける。
「二〇年前とは全く違う町になってしまったそうです」
「……詳しいな」
アランは先日までドムという名前も知らなかった。勉強不足と言われれば、それまでだが、そんな辺境の町までコルが知っているとは意外だった。
「住んでいましたからね」
「住んでいた?」
アランが知る限り、コルはアランが物心ついたころから、傍らにいた。
「アラン様が生まれる前です」
へぇと呟いて、子どものころのコルを想像してみる。
「なぜ、言わなかったんだ?」
アランは昨日四子宮に戻り、コルにはその時、事情を話した。ドムの話をした時も、コルは何も言わなかった。
「アラン様とシンで勝手に決めてしまわれたでしょう? シンとランは出発してしまったし、言っても何の意味もないと思ったんです」
少し責めているような口ぶりに、アランは驚いた。
「すまん、急いだほうがいいと思って」
謝ると、恥じたようにコルは目を背けた。
「コルがドムを知っているのなら、コルに行ってもらえばよかった」
アランが言うと、コルは黙り込み、やがてため息をついた。
「それはできません」
「できない?」
「わたしはドムでは有名人ですので」
辺境の地から、王宮の近衛兵になったからだろうか。
「ドムは二十年前反乱を起こした町です」
急な話の転換に、アランはぎょっと目を剥いた。
「あなたの兄王がこれを鎮めた」
コルは淡々と話している。
「反乱軍の統領に、七歳の息子がいました」
時が遡る。
「それがわたしです」
「……統領の息子」
「町を焼け出され、国王軍に捉えられました。町の誰も、わたしが統領の息子だとは告げませんでした。そのおかげか、兄王様はわたしを殺さなかった。そのまま、兄王様の屋敷に連れていかれたんです。その後、貴方が生まれた」
「……知らなかった」
半ば呆然としてアランは呟いた。コルが顔をあげて、ほほ笑みを浮かべた。
「聞かれませんでしたからね。あの後のごたごたで、皆、わたしがどこから来たのか、忘れてしまったんです。気がついたら、貴方付きになっていた」
「そうか」
アランはそれしか言えなかった。
「でも、ドムの町では、もともといた住民は下層へ落とされ、都から来た役人や商人が、上に住むようになった。その原因を作った反乱の統領を、皆が忘れるわけがないんです。その息子のこともね」
「……王宮を恨んでいるか」
「いいえ」
コルは笑って、きっぱりと言った。
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