Ⅳ 不穏

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 喧騒と嬌声、酒の匂いと何かの甘い匂い。  目的の男は一番奥の、立派な寝椅子に座り、カードに興じていた。隣には蘭を座らせ、肩に腕を回している。男の番が来て、両手でカードを扱う時、グッと蘭を抱きしめる形になる。  寝椅子の横には女が侍り、飲み物を作っていた。蘭と男の前に、酒が置いてある。 「やばいな」  壁際に立ち、控えているふりをして、男は信に囁いた。言われなくても、信にも蘭の様子がおかしいのが分かった。  体が脱力し、目がとろんとしている。  先ほどから幾度となく男に胸を揉まれても、避ける素振りもなく、身を預けている。  蘭の胸を撫でまわしていた男が、高まってしまったのか、あろうことか腰を振り始めた。こちらも目がいってしまっている。  賭場の給仕係が飛んできて、我を忘れかけている男に何事か囁いた。男はしぶしぶ立ち上がり、蘭を引っ張って給仕係の後について行った。蘭はされるがまま、よろけるように、引っ張られていく。  信は蘭を助けようと飛び出しかけた。しかし、腕を捉まれた。殺気だった顔で振り返ると、男はしぃっと信を制した。 「先回りしよう」  従業員専用と書かれた戸をくぐると、その先も廊下が続き、扉が何戸も続いていた。  男は一番奥の扉を開け、中に入った。 「寝台の下へ。すぐに飛び出すなよ」  男は早口で言うと、自分も潜り込む。じっとしていると、しばらくして、人の乱れた足音が聞こえてきた。扉が開くと、給仕係の挨拶の声がして、すぐに扉が閉じられた。  信が飛び出そうとすると、「グッ」という男のくぐもった声がして、どさっと何かが倒れる音がした。  信が飛び出すと、蘭が涼しい顔で立っていた。  寝台の下から飛び出してきた信を見ても、蘭は驚かなかった。少し得意げに言う。 「だいぶ分かったわよ」  そして首を少し傾げた? 「信?なにか怒ってる?怖い顔してる」  信は蘭の全身を見た。服は少し乱れているが、けがはしていないようだ。信は蘭を抱きしめた。 「酒を飲まなかったのかい?」  信ではない男の声がしたので、今度こそ、蘭は驚いた。寝台の下から這い出てきた見知らぬ男に、目を丸くする。 「だれ?」 「初めまして」  男は面白そうに蘭を見た。 「俺は、ナナ。君を助けに来たよ」 「あんた、名前……」  信が、気に入らない、という風にナナを睨みつける。  ナナは大げさに、両手を上げた。 「そんなにつっかかるなよ。あんた、シンて言うんだろ?聞いちゃったから、俺も教えただけ。それに、そっちの彼女の名前も聞きたいし」 「……ラン」  蘭は答えて、付け加えた。 「助けてくれて、ありがとう」 「まぁ、いらなかったみたいだけどね」  ナナは答えて、蘭に近づいた。  信が思わず、蘭をかばうように前に立つ。 「で、お酒は飲まなかったの」  ナナが重ねて訊くので、信は逆に質問した。 「酒に何か入っていたのか?」 「薬……媚薬?」  答えたのは蘭だった。二人の男が蘭を見る。 「他に連れてこられている女の様子もおかしかったから、出されたお酒をこっそり逆にしたの。男の方のは口をつけていたから、大丈夫だと思った。それでも、口をつけるふりをして、あまり飲まないようにはしたけどね。後は、周りの女の様子に自分も合わせただけ。そうしたら、男の様子がおかしくなってきて、焦った。睡眠薬かなと思っていたから、驚いた」  そう言って、自分の身体を見下ろすと、ため息をついた。 「気持ち悪かったなぁ」 「で、ここに連れ込まれてすぐに」  ナナが先を促すと、蘭は頷いた。 「蹴り上げたら、すぐに気絶した」  床に伸びて倒れた男は、泡を吹いて、白目を剥いていた。 「すごいね、彼女」  ナナが信に言う。 「まあな」  信は仕方なく、答えた。  ナナは二人を代わる代わる見つめると、真剣な顔になった。 「その内、この男の迎えが来る。早くここを出よう。それから、ランが何を飲まされそうになったか教えてやる」
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