Ⅳ 不穏

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 ナナは二人を連れて、ミランダを出た。敷地から出ると、目立たない場所に馬車が待っていた。ナナが中に乗り込むように、合図する。信と蘭は言われるがまま、馬車に乗った。御者の席に座っている男に合図すると、馬車は走り出した。  馬車の中には、先ほど信とナナが脱いだ服が置かれていた。ナナに着替えるように促され、信は元の服に着替えた。 「ランはその服しか今、ないか。まぁ、いいか。色は目立たないし」  そう言って、まじまじと目の前に座っている蘭の全身を見た。 「それにしても、大胆な服だなぁ」  じろじろ見るナナから隠すように、信は蘭を抱き寄せた。 「おい、あまり見るな」  顔はナナを睨みつける。 「いいじゃん、減るもんじゃないし」 「減る」  信はそう言うと、ナナを追い払うように、手を振った。 「うーん」  ナナが首を傾げる。 「なんだ?」  信が不機嫌も露に、不愛想に訊く。 「お前ら、俺の勘だと、この町を探りに来たんだと思うんだよな」 「……」 「でも、シンはランしか見えてないし、俺から情報を取ろうとしているというよりは、警戒してイチャイチャしてるし」  もう一度、うーんとうなって、ナナは二人を見た。 「俺の勘がはずれたか?」 「勘は頼りすぎると、痛い目をみるぞ」  信が言うと、ナナはフッと笑った。 「それは自分の経験か?」 「いや、俺は慎重なんだ。だから情報が重要なんだろ」  信の言葉を聞くと、ナナは上を向いて、大笑いをした。 「そうだな」  満足したようにうなずく。 「あなたは何者?」  蘭が訊くと、笑いが残ったままの顔で、蘭を見た。 「俺が先に訊いているんだがな……まぁ、いい。ほら、外を見てみろ」  ナナが窓を覆っていた布を持ち上げた。  そこには家とは呼べないものが、所狭しと並んでいた。板や崩れかかったレンガで囲ってあるものはまだましな方だ。布をつるしてあるだけのところもある。 「もうすぐ、着く。話はそれからだ」  ナナがそう言うと、馬車は不意に止まった。 「ここからは馬車は通れない。歩くぞ」  そう言うと、さっさと馬車を降りた。信と蘭もナナに続いて、馬車の外に出る。  廃材の山のようだ。信と蘭は都の裏街の廃材置き場を思い出した。 「静かにしとけよ。俺から離れるな」  ナナは声を潜めて二人に言う。二人がうなずくのを見て、ナナは歩き出した。三人とも物音一つ立てなかった。  迷路のようなバラックの隙間を通り、ぐるぐる周ると、周りより少しマシな建物と呼べるものが姿を現した。  ナナは木戸を押して、建物の中に入って行った。 「あ、おかえりなさい、ナナ」  三人を迎えたのは、十かそこらの少女だった。ナナが眉をひそめて、言う。 「おい、カーラ。子どもはとっくに寝る時間だぞ」  カーラは不満げに唇を尖らせた。 「客人?」  信たちを見て、訊く。 「ああ、そうだ。ゴンを起こして、皆を集めてくれと言ってくれるか」  ついさっき、寝ろと言ったくせにな、と信が思っていると、カーラと呼ばれた少女は嬉しそうに奥に走って行った。 「かわいいだろ?」  ナナはカーラの走って行った方に、目を向けた。 「あんたの娘か?」  信が訊くと、ナナは笑った。しかし、それには答えずに続けた。 「カーラを生んですぐ、母親は産後の肥立ちが悪かったのもあって、病気になった。父親は妻に薬を飲ませたかった。ドムにはいい薬が入ってきていてね、妻の病にはその薬が効くと分かっていた。ただ、薬の販売権も上の連中が握っている。薬はびっくりするほど高値で、下までは降りてこない。しかし父親は幸運にも、上流の館の庭師として仕えていた。ご主人に頼み込んで、薬を売ってくれるよう頼んだ。お代は一生かけて払いますってな。 一生働いても返せるお金ではなかったが、ご主人は売ってくれた。薬を飲んで、妻は回復した。父親はご主人の慈悲に涙した。妻の回復を報告しに、ご主人の元に挨拶に行くと、ご主人はこう言ったのさ」  は、と投げやりにナナは嗤った。 「お前の稼ぎでは借金は返せない。妻を売ってもらおう。そう言われて、慌てて家に帰ったら、もう妻の姿はなかったのさ。カーラが一人で泣いていた。カーラを育てるために、父親は妻を売ったご主人のもとで、そのまま働くしかなかった。しかし、つらい心に悪魔が囁いた。誰かが気持ちが楽になる薬をくれた。それは高額だったが、一回やると止められなくなった。その内、仕事もできなくなった」  むしろ楽しそうな顔で、ナナは二人を見た。 「俺がカーラを見つけた時、カーラは父親に首を絞められている最中だった。あと少しでも遅かったら、もうだめだっただろうな」  ナナは奥に進んだ。たくさんの人の気配がする。いびきや寝言、歯ぎしり、すすり泣なきまでもが、いたるとこらから聞こえてきた。 「ここはそういう連中が集まってきた場所さ」 「父親だよ」  不意に蘭が言った。ナナは怪訝そうに、蘭を振り返った。 「あんたはあの子の父親だよ」  ナナは曖昧に笑って、そうか、とだけ言った。
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